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登校と再会

リハビリ記録(宅療記録)

みなさまこんばんは、お加減はいかがでしょうか。

わたしは、昨日の「歩ける」という奇跡の反動で、大変不自由ながら、

薬であわや窒息死しそうになりながらですが、動けて(?)います。

10歩くらい(笑)
これは、歩けて退院以来初めて登校できて、感動の再会を果たせた昨日の記録です。

登校途中

今日、歩けるかもしれない
と判断してから3分ほど、
壁なし手すりなしではやはりふらふらでしたが、それでも進むことはできたので登校してみることに。

電車にて

普通電車では座れるものの、急行以上になると観光客なのか何なのかとても混雑していて座ることができず右半身が激しく痙攣し始めてしまって、筋弛緩薬を揺れる電車内で飲むという究極チャレンジになり、
その後大揺れしたときに痙攣がさらに悪化し、
壁際の場所を譲っていただいて
そこでヘルプマークに気づいた方に席を譲っていただいて
というわらしべ形式で座らせていただきました。
ありがとうございますm(__)m
その後もご心配いただきましたが、こればかりは薬を飲んで時間が経つのを待つしかなく、ゆっくりと下車しました。
すると乗り換え地点で、道に迷われていたその方と再び遭遇。
観光案内をしてから登校になりました(*^^*)
こうした温かいご縁はとてもありがたいと思うのです。
足を開いて2人分の幅を取って座りヘルプマーク見たら寝たフリしたおじさん以外の乗客さん全員に、移動の道を開いてくださったことも含めて、感謝したいです。
そのおじさんはたくさん冷たい視線を浴びていたので、わたしが恨まずとも…という感じです。
ヘルプマークは席譲れマークではありませんが、わたしは痙攣しているときは譲ってほしいタイプなので、本当にとても助かりました

移動にて

これは移動全体に言えることでしたが、わたしが歩くととても注目されます。階段だと特に。

理由は単純で、歩き方がおかしいからです。

その辺りは専門なので、よくわかります(^_^;)
右脚を振り回したり、左の踵を浮かせて右脚は慣性力と重力で前へ振り出したり…という奇妙な歩き方で、階段では思い切り振り回さないと移動できないので、どうしてもこうなってしまうのですが、
右脚は脱力か痙攣かで言うことを聞いてくれないので(-_-;)
そんなたくさんの人とすれ違い、視線を浴びる中で思ったのは
この人たちは、体が自由に動くのか
この人たちは、首から下にも感覚があるのか
この人たちは、「暑い」と全身で感じられるのか
この人たちは、首から下に汗をかけるのか
この人たちは、この常時泣き叫びそうになる痛みを抱えていないのか
この人たちは、この世界に生きているのか
それがただ、衝撃で。
わたしの当たり前はもう、常時痛むこの体と感覚のないこの体で
わたしが生きるのは、ネットで繋がってくださる方ほとんどが苦しい助けてと泣くこの世界で
だから、惰性で学校に行って、仕事に行って、楽しそうに観光に行って
そんな人たちの中で暮らしていたことを忘れてしまっていたんですけれど、
世の中の大半はそんな人たちで。
わたしは自分の変化を知りました。

再会

友人との再会もさることながら、今回は全身不随期にお世話になったリハの方(OTさんPTさん)にも会って、

  • 痙攣しているけれどたまに手は言うことを聞いて動いてくれるところ
  • 立って歩ける(?)ところ

を見せてきました。

運動分野の脳や脊髄に炎症が起きたときの多発性硬化症の脱力は、本当にどこもどうしても動かなくて、今まで自分だったものがただの物体になってしまいます。

そのときに笑いながら泣くわたしに付き合ってくださったPTさんOTさんには、頭が上がりません。

わたしはPTにはなれないけれど、あんな人にはなりたいのです。

 

今回かなり疲弊してしまって、

頭以外に汗をかけないので、時間が経った今でも顔が真っ赤で火照っています(;´Д`)

夏に出歩くのは危険かなと感じているので、また涼しくなって歩ける日があれば会いに行きたいなと思っています。

わたしほど寝たきりと歩けるときとで波があるのは多発性硬化症でもかなり異端と聞いていますが(-_-;)
それまでは、歩けなくても感覚がなくても、わたしにできることを
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まぁるいせかい管理人
haruka(はるか)

多発性硬化症+名前も研究中の希少難病などを併発した23歳女子。京大医学部中退。仕事は小説家とライターとカウンセラーと極秘。
今の夢はお嫁さんと福祉用具開発プロジェクトの成功☆
詳細プロフは管理者情報を見てね♡

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