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あいみょん「19歳になりたくない」|MS患者としての解釈

音楽
この記事は約5分で読めます。

はじめに

最近話題のあいみょんですが、わたしは入院前からファンでした。

ただ、歌詞の意味を考えるようになったのは、入院してからのような気がしています。

「19歳になりたくない」は、「社会に出るのを怖がる少女の曲」という解釈の方がしやすい曲だと思っています→https://harukams-medicalbeauty.com/19-2/

 

ただ、多発性硬化症という病気にかかって首から下の自由を一度失った身

そしてリハビリで動くようにはなったものの痛みも痺れも痙攣も硬直も

あと、1日で視力を失うとか、心臓病とか、諸々も

以前にはなかった症状をいっぱいおまけに付けて戻ってきた不自由な体は、

わたしにはあまりにも受け入れがたくて、

そんなときに共感したのがこの曲でした。

以下は、そんな体を持つのわたしの歌詞解釈です。

19歳になりたくない|解釈

明日になれば私 何か変わっちゃうかな

どうにもこうにも 想像がつかない

わたしの体の症状は、日によって、時間によって変わるから。

1秒先だって体調を予測することなんてできなくて

突然くるかもしれない痙攣に怯えて、

脱力で動かせなくなる体に怯えて、

眼精疲労で突然何も見えなくなるレベルまで失明することに怯えて。

確かに、明日なんて想像もつかないや。

1秒先すらも読めないから。

小中高と進んで 逃げ方も覚えた

わたしは小中校と、自分や他人と正面から向き合わず、表面上のやり取りで完結して、人間関係は円滑でした。

その分虚しかったけれど。

自殺者を笑い その勇気に拍手して

自殺者を笑ったことはないけれど、その勇気には拍手していたよ。

わたしは自殺する勇気がなかったから。

中1、2の頃の話

カメラを片手に ギターを背負い

人の話さえも かすんでく

手放したもの 偽物だったから

もう いらない 必要ない

昔に手放したのは、わたしの感情。

自分が何をどう感じているのかすらわからないほどまでに、わたしの心を麻痺させて

次に手放したのは、わたしの体。

健康な、わたしの体

大人になるたびに

夢見てばかりの自分が嫌になり

病院の費用だって、お見舞いだって、支援制度だって、全部親に頼りきりな自分も嫌だったし、前みたいな体に戻れるかもって思ってしまう自分も嫌だった。

治らない、痛みは消えない、痺れもなくならない。

そんな宣告はとうに受けているのに。

完治と寛解の違いを知った日より→https://harukams-medicalbeauty.com/kankai/

数えられるほどの

痛みと苦しみでかき消すんだ

痛みと苦しみの数なんて、数えられないけれど。

 

現実逃避を 繰り返す日々は

思えば楽だった 最高の友達でした

将来就きたい仕事とか、やりたいこととか、給料や生活みたいな具体的なことは何も考えないけれど、想像して、妄想して、こんな人生を送ろうって、夢見ている時間は、本当に楽で、楽しかった。

 

18の今言えることは一つ

あの日の記憶は消えますか

病気になってから、確実に記憶力が落ちている。

それに、キラキラしたあの頃、当たり前に暮らして、学校に通っていた日々を、もう思い出せないんだ。

 

手に取れる物 それは全て欲しい

もし、わたしの手で届くものがあるのなら。

 

けど 今で十分な気がする

でも何にも届かないなら、それでもいいとも思ってしまうんだ。

 

大人になるたびに

見たくないものを見ては 泣いちゃうし

こんなに苦労するなんて、思っていなかった。

体調の日内変動も激しくて、翌日なんて読めやしない。

そもそも定職に就けない自分なんて想像したこともなかったんだよ。

 

本当の自分に気づくことは少し怖いんだ

現実を見るのが怖い。今まで目を背けてきたもの、自分の心に、治らない体。

全部が怖くて、仕方がない。

 

18の今思うことが一つ

何故人は減る命に祝いを捧げるの

わたしは22だけれど。それでも。

どうせ死ぬのに、どうせ苦しむのに、生まれてしまって。

 

強くはなりたい でも弱くもありたい

病気になんか負けない!って、それでも笑って生きていくんだ!って、そう思いたい。

でも、

負けそうになる自分も許してあげたい。

 

私のままでいたい

わたしは、わたしでいたいのに

 

思い出せないもの どこかに忘れてしまった宝物

一度握った手も 知らぬ間に離れてしまったんだ

思い出せない日々も、忘れてしまった感情も。

何か掴みかけても、

すぐに忘れてしまう。できなくなってしまう。

 

大人になるたびに

見たくないものを見ては 泣いちゃうし

本当の自分に

気づくことは少し怖いんだ

歌詞引用:歌ネット https://www.uta-net.com/song/196241/

最後に

これは、入院中、痙攣を起こしながら震える手でありのままの思いを綴ったものです。なので今の心境と異なる部分もありますが、あえてそのまま綴りました。

絶望して、希望を持たされて、期待させられて、また落とされる。

そんな日々を送った、2018年9月26日17時の、わたしの記録です。

変わってしまった体に、心に怯えた、わたしの記録です。

歌詞を曲解している部分が多数あると思います。

それでもこれが、泣きながら、震えながら、誰にも言えずにノートに綴るしかなかった、当時のわたしの正直な気持ちです。

これが、わたしの自主退院を決意させた理由、そしてブログを始めた理由に繋がります。→https://harukams-medicalbeauty.com/taiin-day/

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