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痙攣の痛みで昏倒し意識喪失したため診察を早めた日|通院記録 2021/01/18

通院記録

みなさまこんばんは、お加減はいかがでしょうか。

わたしは最近症状の悪化が凄まじいとは感じていたのですが、昨日からは特に酷く

  • 寝起き何時間経っても脚に力が入らない
  • 腕も力が入らない
  • 薬を飲めるまで腕が上がるかどうか
  • 左手の硬直時間が異様に長い
  • 脱力と痙攣で泣き叫び意識喪失

追加で、

  • 今日新しい症状で2回昏倒

したため、急遽診察を早め病院へ行ってきました。

ただ今日は元々精神神経科の通院日だったので、精神神経科と神経内科の2つを受診しました
ちなみにトップの写真は治療後にわたしが見た青空です(*´ω`*)

精神神経科

精神神経科ではただひたすらに「痛み止め」の話をしていました。

わたしは痛み止めを1度全部(ナイキサンとトラムセット)をやめましたが、やはり耐えられなくなってとんぷく薬としてひと月に10回分処方してもらっていました。

  • ナイキサン:10錠
  • トラムセット:10錠

わたしの意見

「どうしてそんなに痛み止めを減らしたいの? 依存性が心配? 肝臓が心配?」

そう尋ねられてわたしは今まで、子どもがほしいからなるべく薬は使わないでいたいと考えていたことを思い出しました。

しかしもう体はボロボロで、子どもを望むにはちょっと婦人科に行かないといけないなぁという段階です。

 

依存性については心配していません。

それぞれの薬の依存性の高低は毎回確認しています。

 

肝機能は確かに下がっています。

ついでに骨密度も、世のおじいちゃんおばあちゃんの方が健康なレベルです

それは薬を飲む以上諦めています。

 

では何が嫌なのか?

 

質問されるまで考えたことがなかったのが微妙に不本意(-_-;)なのですが、じっくり考えてみると、

  • とんぷく10回分では足しにならないくらい常に痛い
  • 1番痛いときを見極めるのが面倒
  • 1番痛いと思って使ったらさらに上の痛みが来る
  • 薬が切れると「痛い…」と動きたくなくなる
  • それならはじめから痛い方が割り切れる

だいたいこれに尽きることに気がつきました。

 

つまりは、

痛みの時間に対して薬の効き目が短すぎる

に尽きるということです。

 

体は常に痛いのに、薬は1~2時間で切れる。

痛くなると動けなくなる。

そんな自分が嫌で、はじめから痛みに耐える方がマシだと愚かにも考えたわけです。

そのあと痛みに昏倒するとも知らずに…

 

主治医の見解

この話と、痛みで眠れていない話を聞いた先生は

一旦、1日何錠になってもいいから痛みを落ちつけるのを優先した方が良いと思う
と言ってくれました。

 

痛み止めを上回る痛み

正直なところ「1日に何錠でもいいよ、1時間おきに飲んでもいい」という先生の言葉はとても励ましでした。

しかしわたしは、自分がとてもとても痛みに弱い人間であることを知っています。

より正確には、「痛みの出現に弱い」人間です。

 

これは人間の本能なのでしかたないといえばしかたないのですが

たとえば地面に画びょうが落ちていて踏んでしまったら、足に針が刺さるまでしっかり踏むのではなく、足をさっと上げて回避反応を取ります。脊髄反射です。

 

これに甘えてしまうと、いつまでもだらだら痛み止めを飲み続け、少しの痛みでも耐えられなくなり、痛み止めが手放せなくなって…とする自分が見えました。

だからやめました。

痛み止めアリ生活と痛み止めナシ生活どちらもやってみてわかったことは、

いずれにせよ痛みには波がある

ということです。

 

痛み止めで抑えられる程度の痛みもあれば、痛み止めがいくらあっても我慢できない痛みもある。
痛み止めには頼らないと決めて我慢できる痛みもあれば、昨日今日のように薬とアイスノンと冷えピタと冷たい飲み物とで完全武装しても泣き叫び失神する痛みもある。

 

痛み止めの有無に関わらず、それがすべてでした。

 

痛みの波は痛み止めを増やそうが大きくなるときはなるし、小さくなるときもたまにはある。

ならもう、嚥下にも障害が出てきている今、これ以上体に負担を増やしたくない。

 

そうして痛み止めは使わない決意を新たにした数十分後、わたしは謎の頭痛で昏倒することになりました

 

幕間

神経内科までには少し時間がありました。

わたしが倒れたのはこの診察と診察の間の時間でした。

1度目、昼食時に右後頭部を金属バットのような鈍器で殴られた衝撃があり気絶。

しかし崩れた体勢が悪くレルミット兆候を起こし、その痛みで目覚める。

2度目、待合室にて同じく右後頭部に衝撃があり気絶。

母が頭をキャッチしたらしく、「支えられるところはないか」と頭の置き場を探している間に気がついたそう笑

痛すぎて何がなんだかわたしもさっぱりですが、この時間は痙攣や硬直も激しく、

ものすごい涙目でした!!

という踏んだり蹴ったりな色々があって、ようやく神経内科の診察になるわけです…。

 

神経内科

嘘をつく必要もないので正直に言います。

先生を見た瞬間、泣きました。

だってもう、今日まで我慢すれば先生がなんとかしてくれるって信じて何週間も家の中を這って親戚にドン引きされながらも頑張ったんだもん!

 

かつてない痙攣の強さ、動きの荒さ、「手上げて」「歩いてみて」とも言えない深刻さに先生もめっちゃ真顔。

そしてひと言め。

「セルシン打ったことある?」
「首の痙攣でspO2が下がったときに1度あります」

去年6月、首の筋肉が痙攣して窒息死寸前になり入院したときにありましたが、1度使用して以降は「過鎮静で逆に呼吸が止まると危ないから」と、常に持ち歩きはしても使用してはいませんでした。

そのときが5mg。

 

「急いで準備して! 筋注!」
看護師さんに指示してる先生めっちゃかっこよかった…おじいちゃん…笑

 

そんなこと言ってる場合ではなくかなり緊迫していたしわたしもめちゃくちゃ痛くて超泣いていたので「笑」ではないのですが、本当にとても頼りになるなと感じました。

 

看護師さんが急いで準備をしてくれている間、先生の説明タイム。

「君はリボトリールやランドセンも効くんだったね。だからベンゾジアゼピン系も効くと思うんだけど、前にセルシン打ったときは眠くなった?」
「夜だったので、わかりません…」
「そっか。まあ君はランドセン上限いっぱい使ってたこともあるし、たぶん眠くならないと思うんだよね――」

ここでたぶん「ランドセン上限なく使ってもらうかも…」みたいなことを言ってた気がしますが、痙攣が酷くなったので大勢で押さえつけて腕に注射になったのではっきりとは聞こえませんでした。

そして記憶もけっこう曖昧になりますごめんなさい。

ただ袖をまくって現れたリストカット痕を先生がまじまじと見ていたのは、とてもよく覚えています

 

「量多いから痛いかも!」

そうわたしの泣き声と痙攣する腕を押さえつける人たちの必死の声に負けないように大声で注意を促してくれた看護師さんが注入した、セルシン10mg。

 

あまりの痛くなさに、泣きそうでした。

泣いてましたが…

 

「痛いよ」と言われた注射より、「痛いの?」と言われる痙攣のほうが、よっぽど痛い。

その事実。

 

そして少なくとも腕が暴れまわらなくなった頃、

筋弛緩剤ホリゾン5mg × 1日4回 = 20mg

の処方が決定し、次回診察まで様子見することになりました。

 

ステロイドパルスか血漿交換になるかなと思っていたので予想外の展開でしたが、どちらも痙攣には効かないので良かったです。

またこんな発作は多発性硬化症の再発ではないし画像所見もないから、医者が10人集まったとして9人は治療しないだろうとのことでした。

「まあぼくは一応免疫学会では1番知識があるってことになってるからいろんな治療は考えるけどね」

と言ってくれるあの先生に救われている人は多いのだろうなあ…

わたしの症状はもう複雑怪奇過ぎて診られる人がいないとのことでした(-_-;)

 

「ぼくがいる曜日はいつでも来ていいからね」

と最後に先生にかけてもらった言葉が頼もしすぎて、あと痙攣が痛すぎて、めちゃくちゃ泣きました。

 

セルシンを打ってから約6時間、そろそろ微妙に効き目が切れてきており右手の違和感が復活してきています。

ついでに右後頭部の痛みの原因は不明でした

 

とにかくは痙攣が一旦治まったこと、先生や看護師さんに感謝して、痛すぎてまともに寝られていなかったここ最近の睡眠を取り戻したいと思います。

それではおやすみなさい。

良い睡眠、良い夢を☆

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