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【それでもわたしは人間になりたかった】治療打ち切りと医学技術革新への非協力|通院記録

通院記録

どうせ死ぬまでモルモット

難病の友人は言いました。

どうせ死んでもモルモット

難病のわたしは答えました。

そんなわたしは、

現在受けている治療をすべてやめて

今後一切、あらゆる治療を拒否する

選択をしました。

 

わたしが治療を放棄することで何の問題が生まれるのか、おそらく多くの人にはわからないでしょう。

難病患者であるわたしが治療を放棄することは、個人としては、

死のリスクを背負っても医療には一切頼らない

と意思表示したことになります。

また社会への影響としては、これから先わたしから取れるはずだった様々なデータを取らせないこと、つまり

医療技術の進歩へ今後一切協力しない

と表明したことになります。

 

これはひとつの選択肢の話です。

これはひとつの可能性の話です。

これはひとつの生き方の話です。

そして、公開すらひたすら迷って迷い続けた、わたしの痛みと苦しみの話です。

 

  1. 選択的医療放棄に至った理由
    1. 薬の種類は大きく2種類
    2. 【人体実験…】薬の効果判定法
      1. 現在の処方薬の効果はほぼ不明
      2. 「死ぬまでモルモット」繰り返される投薬治療
      3. (体質により)試せる薬は多くない
  2. 生きるための食事が死のリスク
  3. 検査より研究目的の方が多い採取量
  4. 症例ではなく人間として扱ってほしかった
    1. 医師は深い意味なく患者を「症例」と呼ぶ
    2. 【人間として生きるために】症例も難病も必要ない
  5. 医療は必要な人には絶対必要
  6. 難病患者だろうと治療中止の選択はできる
  7. 難病医療には常に確率がつきまとう
    1. 確率の世界で生きるのをやめれば外れることはない
      1. 医療を受けなければ副作用はない
      2. 【苦しんでいる人こそ逃げるべき】逃げるが恥より逃げるが勝ち
    2. 医療での確率はすべてこれまでの命の数
  8. 「早く研究が進めば」の残酷さ
    1. 研究を進めるのはわたしたち自身
    2. エビデンスのないものの怖さ
  9. 病気の苦しさは時間より本人が重きを置く期間で決まる
  10. 治療のほうが病状よりつらいと「治療打ち切り」は選びやすい
  11. 医師から謝罪される真摯さに感じる残酷さ
    1. 多発性硬化症では、きっとない
      1. ワクチンや抗体が害になる世界
      2. 「抗神経抗体症候群」でも異端で病名不明
    2. 効かない薬を続ける苦痛
    3. 望まぬ薬が効くことへの恐怖
  12. 体が負け始めるステロイドの副作用の強さ
    1. ステロイドによる骨粗鬆症
    2. 腎機能・肝機能の低下
    3. 糖尿病予備群
    4. ステロイド挫創の増殖
    5. 満月様顔貌と中心性肥満
  13. 主治医に謝られる「何の病気かすらわからない」
  14. 周りの反対は「効きそうな医療があれば受けて」の願い
  15. 医療ではなく自分を信じる選択
  16. 【最後の通院記録】2021/10/19
  17. 【2021/11/01の現状】
  18. 難病患者の社会貢献度
  19. 【追伸】報道とかなり異なる難病:多発性硬化症

選択的医療放棄に至った理由

何年間もずっと、ずっと考えていました。

どうして最低月に1回は病院に行かなければならないのか

考えていながら、何年間もずっと「治療やめる」決断をなかなかできないでいました。

理由はとても単純で、

 

死ぬかもしれないから

 

です。

わたしは死ぬのは怖くありませんが、積極的に死にたいわけではありません。

精神的にかなり危険な状態にあるとき以外は

来年に結婚を控えた25歳の、夢にあふれているはずの女子です。

 

いいお嫁さんになりたい

いいお母さんになりたい

そんな月並みな願望は、希望はたくさんあります。

 

  • 今飲んでいる薬をすべてやめること
  • もう病院に行かないこと

それはわたしの希望(hope:将来の夢)を希望(wish:叶わない願望)に変えてしまうことではないのか?

ずっと考え続けて、その間にもたくさんの診察を受けて、いろんな薬を試し続けて、ようやくひとつの結論に至りました。

経営とは別問題として、

病院側は医療を受けてほしいわけではない

わたしは医療を受けたいわけではない

わたしは治療をしてほしいんです。

症状を一時的にごまかすためだけの薬を大量に飲みたいわけではありません。

ならもう、いいじゃないか。

 

薬の種類は大きく2種類

以下は主治医に聞いたものと学生時代に学習したものであり、詳細を書き過ぎると改正薬事法に抵触する恐れがあるため体験談として書きます。
より正確な情報を求める方は、医師または薬剤師にお尋ねすることを強くお勧めいたします。

薬には2種類あります。

  1. 病気を根本的に治療するもの
  2. 病気の症状を緩和するもの

難病には「治療するもの」がありません。

治療するものがあれば、難病になる原因が解明されるので難病ではなくなります。

原因不明であることが指定難病である条件です

 

その難病特有の薬などはありますが、それらは治療薬ではなく疾患修飾薬と呼ばれます。
進行を遅らせるものや症状を抑えるためのもので、やはり治療薬ではありません。

 

疾患修飾薬が使えるかどうかは個人によります。

わたしは疾患修飾薬で悪化すると言われているため、ステロイドと疾患修飾薬ではない免疫抑制剤を飲んでいます。

免疫抑制剤も含め、ほとんどが症状緩和の薬です。

症状緩和以外は、薬の副作用を抑えるための薬です。

 

【人体実験…】薬の効果判定法

薬が効いているのかいないのかを判定するには、薬の量を増やすか減らすかして様子を見るしかありません。

現在の処方薬の効果はほぼ不明

内服ステロイドは減らす度に症状が悪化、入院してきたので、きっと効いています。

免疫抑制剤は副作用が強そうなので一旦減らして様子を見ましたが、特に悪状態は変わらず、また最大処方量まで増やされました。

副作用で痙攣を強めていないとわかっただけで、効果はまったくわかっていません。

「死ぬまでモルモット」繰り返される投薬治療

自分の体で実験して効くか効かないかを試して合う薬を探して、症例検討会で発表される…

友人の言った「死ぬまでモルモット」の意味はとても、身に沁みてわかっていました。

症状が少しでも変わる度に新しい薬を試して様子を見て、合わなければ次の薬を試して…を繰り返す。

人体実験と呼べれば良い方、試すのが当たり前になればもはや「モルモット」です。

今治療している人を否定する気はありません。
感じ方の問題です。

 

(体質により)試せる薬は多くない

「どうもステロイドは効いているようだ」とわかるまでに、わたしは何度も緊急搬送されて入院して血漿交換して、それで何年も繋ぎながら生き延びてきました。

今わたしが生きているのは医療のおかげかもしれません。

そこを否定する気はありません。

ただし効果判定が最後までできなかったので、肯定もできません。

 

誕生日前の21歳から、誕生日を少し過ぎた25歳。

正味3年半で、ほとんどすべての免疫抑制剤を試しました。

今飲んでいる免疫抑制剤が、最後でした。

 

生きるための食事が死のリスク

わたしは少なくともこれまでにお会いした難病患者さん達とは違って

どうして「自分が」難病に?

と思ったことはありません。

強がりではなく、本当にありません。

スーパーでフルーツタルトが安売りしているのを見かけたときだけ、「薬を飲んでいなかったら」食べられたのになあと、たまに悲しくなるだけです。

そこは出会った他の難病患者さんと少し違うのですが、だからこそ強く感じるのは「生きるために食べるけれど、ものによっては死の危険性がある」という事実です。

 

わたしの場合は痙攣止めの薬を飲んでいるので、大好きなグレープフルーツは禁止です。

飾りにゆずが添えてあったとして、こたつにみかんが置かれていたとして、それがもしセイヨウオトギリソウ由来の品種をかけ合わせた品種ならNGです。

どの品種がセイヨウオトギリソウ由来かなんて情報はどれだけ調べても出てこないので、基本的に柑橘類はNGです。

 

生の食品は基本的に避けます。

今の主治医は禁止事項を設ける方針ではないので、禁止されてはいません。

主治医
主治医

あんまり縛っても生きる楽しみがなくなるでしょ?

がその理由です。

病気としてのリスクとは関係ありません。

リスクを極力排除する主義の前の主治医のときは、何度も念を押されるくらい禁止されていました。

大好きなお刺身もお寿司も、実は

これを食べたら感染症で死ぬかもしれない

なんてリスクを抱えています。

前の主治医のときの禁止事項です。

主治医
前の主治医

ステロイドと免疫抑制剤で免疫が低いから、感染症で死ぬかもしれない

がその理由です。

 

もちろんわたしはそこまで気にするタイプではありません。

ですが気にする人は気にするところでしょう。

 

食事ですら死ぬリスクを背負っているのに、これ以上のリスクはもういりません。

治療が効くか効かないか。

効かない確率はこれだけある。

そんな確率はいりません。

 

検査より研究目的の方が多い採取量

血液検査で取られる4本の血液。

血液検査のついでに取られる、研究用5本の血液。

貧血になって出された鉄剤は、誰のために飲んでいるのかわからなくなった。

髄液検査で取られる髄液は、いつも研究用に多めに取られる。

人体全体に125mlしか存在しないのに、

減れば自分でまたつくらなければならなくて、それまでは脳や脊髄を守るものが減って「転倒したら脳震盪で死亡」なんてリスクも高くなるのに、

そもそも採取するときに神経麻痺のリスクすらあるのに、

凍結されて保管されて研究用に解凍される、

今は何もできないとしても何かできる時代になったときの研究に使われる、わたしの体の一部たち。

 

渡される同意書はいつも

主治医
医師

希少な症例なので同意してくれると嬉しいです

と言われながら渡され、選択権を与えてもらっているように感じる。

でも回収されるときにはいつも、

主治医
同意書回収の人

同意書書けました?

担当医
同意書回収の人

代わりに書きましょうか。

あんまり拒否権がない。

 

全力で拒否すれば拒否できるのでしょうが、残念ながらわたしの押しはそこまで強くありません。

「お前の性格の問題だ」と言われれば「そうだ」としか言えません。

ただそれで悩む人が、少なくともわたし1人います。

ならわたし以外にもいるかもしれません。

わたしはわたしだけの問題ではないことを「わたしが我慢すればいいだけ」「わたしが頑張ればいいだけ」で済ませる人間にはなりたくありません。

 

症例ではなく人間として扱ってほしかった

症例呼ばわりされるのに疲れた

きちんと人間扱いしてほしい

そう思うことは、決して悪いことではないと思うんです。

わたしはそろそろ人間になりたかった。

人間に戻りたかった。

いいお嫁さんとかいいお母さんになる前に、まず人間になりたかった。

 

医師は深い意味なく患者を「症例」と呼ぶ

はるか
はるか

症例と呼ばれるのに疲れた

そう言うと主治医は

主治医
主治医

僕は症例なんて呼んでないよ

と言いましたが、わたしを症例と呼ばなかったのは今の主治医と2番目の主治医だけです。

わたしを「症例」と呼ばなかったのは、2人だけなんです。

3年半あって、いろんな病院のいろんな医師に出会ったのに、たった2人だけなんです。

それ以外の医師には、いつも「症例」と呼ばれていました。

 

わかっているんです。

気にしすぎだってわかってるんです。

日本語にこだわりすぎなわたしの感性の問題だって、わかってるんです。

深い意味はないってわかってるんです。

わたしだって学生だった頃は、レポートに「患者」ではなく「症例」と書いていました。

主治医が言うには

「患者」なのか「患者さん」なのか「患者様」なのか、どれが適切かわからないから「症例」と書くことがある

そうです。

症例と呼ばれたくない気持ちは、自分だって嫌だなと思うから半分わかる

って言ってくれたんです。

ただ迷うから、あと学会での習慣として「症例」って書いてしまう

んだそうです。

 

ただ「患者として」は思うんです。

レポートやカルテに書くことと、それを患者に言うことは別問題だ

って思うんです。

 

症例症例って呼ばれる度に、

はるか
はるか

わたしは症例なんてケースでもデータでもなくて、生きてる生身の人間だ…!

って思うんです。

気にしすぎだとわかっていても思うんです。

 

【人間として生きるために】症例も難病も必要ない

わたしの人生に、人として生きるためには、

症例になる必要はない
難病患者として生きる必要はない
難病患者で居続ける必要はない
難病はいらない

そう思いました。

 

難病「患者」である限り患者は「症例」扱いされます。

1つの実験データ扱いされます。

どうしても人間として扱われません。

 

これがとても偏った意見なのは自分でもわかっています。

それでもこれが何年も症例と呼ばれ続けたわたしの実感、感想です。

ペルソナ3によれば、命の価値がわかった人間は先に別の世界へ進めるそうです。

でもわたしはまだ命の価値なんてわかりません。

人間として生きることの意味もわかりません。

そんな大層なものはなかなか、四半世紀生きたくらいでつかめるものではないと思います。

まだまだ考え中です。

それでも少なくとも、

  • 症例でいること
  • モルモットであること

こんなものは人間として生きることにはならない

そう結論付けました。

 

医療は必要な人には絶対必要

わたしは医療を放棄する選択をしましたが、たとえば

  • 薬を飲まなかったら治る
  • 薬を飲むから病気になるんだ

こうした意見を唱える医師はじめ民間事業の方には、わたしは相変わらずものすごい嫌悪感を抱いています。

それはやっぱり、違います。

それは病人として病院に行くことがなくなっただけで、治ったわけではありません。

薬を飲まなければ病気が治ったことになるというのは、あまりに偏りすぎた意見です。

 

「薬は不要」や「薬で病気は悪化する」との主張をしている民間事業の手助けで薬をやめられた方は、それなりにいらっしゃいます。

そのうちのひとりに直接会いに行った方と出会いました。

薬はやめたけれど症状は治っておらず、手足のしびれなどは加齢のせいだと一蹴されたそうです。

加齢でしびれは出ません。

そんな例もあるので、わたしは薬をすべてやめれば治るなんて軽率なことは絶対に言いませんし、これからも言いません。

 

こういう人たちは自分が病人でないから言えるんです。

薬をやめたときの症状を自分で受け止めなくて良いから、「薬を飲まなければ病気は治る」なんて安直なことを安易に言えるんです。

薬をやめて出現する症状を受け止める覚悟もなければ気持ちもわからない、痛みもわからない人の言うことを聞く必要はない

今でもそう思っています。

だってわたしたちは、症例から人間になるために身体の自由や寿命を差し出さなければならない存在だから。

 

難病患者だろうと治療中止の選択はできる

これはひとつの生き方の話です。

  • 難病だから薬を飲み続けなければいけない
  • 病院に通い続けなければいけない
  • ずっと人体実験されなければいけない

わたしはずっと、それが当たり前なんだと思い込んでいました。

ですが、やめる選択肢があるとようやく気づきました。

相当な覚悟が必要とされますが、その選択肢を選ぶ権利は、わたしたち難病患者にもあります。

難病だからといって生き方まで決めつけられる必要は、きっとありません。

 

良くも悪くもインフォームドコンセントです。

すべては患者の責任です。

薬を使って良くなっても悪くなっても、同意書にサインした段階ですべては自己責任になります。

なら薬を使おうが使わまいが、それも自己責任です。

 

病院では大体「どの薬を使うか?」について選択肢が提示されます。

ですが、どんな薬も使わない選択肢、一番選びづらい選択肢は、いつだって存在します。

 

これまでのわたしには勇気がありませんでした。

症状が悪化するかもしれない

可能性は低いけれど、再発部位によっては記憶をなくすかもしれない

死ぬかもしれない

そんな選択肢は選べなかった。

でもわたしは今回、その選択ができました。

可能性の世界に、もう生きていたくなかったから

 

難病医療には常に確率がつきまとう

  • この難病にかかる確率、何%
  • この薬が体質に合う確率、何%
  • この薬で副作用が出る確率、何%
  • この一時的な治療が体質に合う確率、何%
  • この一時的な治療で副作用が出る確率、何%

 

何%かはっきりしていればまだ良い方です。

 

  • 基本的には合う人が多い
  • 副作用は少ないと言われている

そんな曖昧な確率の世界で、わたしたち難病患者は

  • どの薬を使い
  • どんな医療を受けるか

を選択します。

 

ただもう難病にかかった段階で低い確率に当たってしまっています。

いくら確率が低いと言われたところで信用できません。

先生を信用できないのとは別問題で、確率自体を信用できません。

 

確率は確率でしかありません。

当たる確率も外れる確率もいくら高いとか低いとか言われたところで、医療を受ける側からすれば

当たるか外れるかの1/2

です。

 

確率の世界で生きるのをやめれば外れることはない

わたしは確率の低い方を当てるのが得意なようで

と人から言われたのですが
  • 難病を引き当て
  • 薬の効かない体質を引き当て
  • 何百万分の1未満の副作用を何度も引き当て

「治療」と名の付くものではきちんとした効果があまり得られず、自己回復力とリハビリで体調を保ってきました。

今生きているのは奇跡としか言いようがない確率です。

 

薬の効果は、主治医すら「わからない」と言うほどにわかっていません。

ならわたしもわかりません。

そんな中でどちらの確率を引き当てるのか?

効くか効かないかで効く方を引き当てるには、やっぱり試すしかありません。

自分の体で試すしかありません。

自分の体を犠牲にするしか、生きていける確率すら引き当てられません。

ならもう、そんな確率の世界で生きるのをやめます。

 

医療を受けなければ副作用はない

昔見た「伊藤くん A to E 」という映画で主人公の伊藤くんが言っていました。

土俵に立たなければ負けることはない
弱者にはならない
競争しなければ負けない

それと同じで、くじを引かなければ当たりは出ませんが外れもしません。

医療を受けない選択は難病患者にとって、何度も繰り返しますが、とても過酷な選択です。

それでも「医療を受ける」というくじさえ引かなければ、副作用で苦しんだり体質に合わなくて苦しんだり、そんな「外れ」はありません。

 

薬も医療も効くかどうかわからない。

続けて良くなるかどうかはわからない。

薬をやめて医療を捨てても、悪くなるかはわからない。

続けてもやめても未来に確証が持てないなら、わたしはもうこれ以上

何度も選択肢を突きつけられては失望するかもしれない未来

よりも、

たとえ悪化して早死にするかもしれなくても、今後は何も選ばなくて良い未来

を選択します。

それくらい、確率の世界に生きることに疲れました。

 

【苦しんでいる人こそ逃げるべき】逃げるが恥より逃げるが勝ち

「伊藤くん A to E 」でも言われていましたが「土俵に立たないから負けない理論」は「逃げ」だと言われます。

治療をやめて確率の世界から出ることは、逃げだと言われます。

 

逃げて何が悪いんですか?

生きるだけで十分闘っているのに、どうして生き方まで指定されなければいけないんですか?

どうして逃げたらダメなんですか?

むしろ何が逃げなんですか?

 

わたし単体が逃げていると言われれば、確かに逃げだと認めます。

他の人については知りません。感じ方の問題です。

 

ただわたしは、病人や障害者や、もう十分苦しい思いをしている人こそ逃げていいと思っています。

だって、何に勝てば、誰に勝てば勝利で、勝利すればどんな特権があるのかわかりませんから。

 

半年前に出会ったカウンセラーさんは言いました。

「病人は病気を理由にいろんなことを諦めて良い」
「なのにそこで余計に頑張るから悪化する」

諦めれば悪化しないわけではありません。

ただ少なくともわたしたちには、病気にかかった時点で「病気を理由に諦める」選択肢が生まれます。

 

よく闘病者や障害者が自分の病気や障害と向き合って生きていく様子は美談として語られます。放送されます。

お涙頂戴のあれに喜んでいるのは健常者くらいです。

同じように勇気をもらう闘病者や障害者もいますが、あれは頑張らなければ健常者に褒めてもらえないから、健常者と同じ社会では認めてもらえないから、だから「頑張る勇気をもらえた」って喜んでいるだけです。

生きているだけでは他人に評価されないから。

だから「生きる勇気をもらえた」って喜ぶんです。

もちろん頑張る人を否定はしません。

 

でももし生きているだけで評価されるとしたら、闘病者や障害者は必死に頑張る必要なんてなくなるはずなんです。

すべて、できる人がやればいいんです。

「逃げるが恥」は健常者の武士的な理論です。

病人や障害者がその基準に合わせていく必要は、ないはずなんです。

 

医療での確率はすべてこれまでの命の数

箱に手を入れて、赤い玉を取り出す確率

数学的な確率は数式で導き出されます。

しかし治療を選ぶときに示される確率は違います。

  • この薬が体質に合う確率、何%
  • この薬で副作用が出る確率、何%

これは

  • その薬を実際に使った人のうち、効果があった人の数
  • その薬を実際に使った人のうち、その副作用が出た人の数

です。

 

薬が効いて喜んだ人の数であり、副作用に苦しんだ人の数です。

わたしたちが参考にするのは、これまでにその医療を受けた人の命の数です。

ただの数字じゃありません。

命の数です。

「重篤例1」ではありません。

「危篤状態に陥って苦しんだ人ひとり」です。

もしかしたら「今も苦しんでいる人ひとり」かもしれません。

 

当たり前に出される確率に麻痺しがちですが、わたしたちが「効果の高そうな」治療を選べるのは先人のおかげで、そして今もこの「確率」は変化し続けています。

医療での確率はこれまで治療した患者の数で、治った人の数であると同時に、治らずに絶望した人の数です。

 

「早く研究が進めば」の残酷さ

先日ケアマネさんに「早く研究が進めばいいね」と慰め?られたのですが、わたしは黙り込みました。

難病患者同士で言うときには別段気にしません。

これまでもたいして気にしていませんでした。

ただこの言葉が具体的に何を指すのか考えたとき、

こんなに残酷な励ましはないな

と思いました。

 

研究を進めるのはわたしたち自身

薬の研究はある程度まで理論的な話ですが、少し進めばシャーレや試験管で実験します。

そのシャーレや試験管の中に入っているのは、わたしたち難病患者から採取した、血液や髄液などのわたしたちの体の一部です。

そこでうまくいけばマウスや霊長類を経て、最後の実験は人間で行われます。

つまり治験。

研究は進めばいい。

難病が治るようになれば嬉しい。

けれどそれまでに必要とされるのは、わたしたち難病患者の犠牲です。

研究者の努力と、わたしたち実験体です。

 

未来の自分のためかもしれない?

そう言われればそうかもしれません。

でも誰だって、効果も危険性もわからないものを率先して試すのは怖いです。

それに、薬になるまでには相当な年月がかかるので自分が生きている間に治療法が確立されるかはなんともいえません。

それこそ確率は低いです。

 

エビデンスのないものの怖さ

新型コロナワクチンでも「エビデンスが〜」って騒いでいるんです。

エビデンスのない薬を打つ気持ちは想像できるでしょう?

治験は承認された新型コロナワクチンよりも前段階です。

「エビデンスが〜」って騒がれている新型コロナワクチンよりも、何もわからない状態で試します。

怖いですよ。もちろん。

もちろん哺乳類や霊長類ではある程度わかってから行いますが、人間では何もわかっていない状態ですから。

 

もちろん純粋な励ましだと受け取ることはできます。

でも研究を進める過程を考えると、わたしはもう「早く研究が進めば」なんて口にできません。

 

病気の苦しさは時間より本人が重きを置く期間で決まる

「まだそれだけしか経ってないのに」と、多発性硬化症で長く生きられている方は言います。

ですがもうわたしは、このたかが3年半の間に相当な選択をしてきて、何度も死にかけて、何度も救急搬送されて、もうこれ以上の治療法がなくなりました。

使える薬もなくなりました。

ならもういいです。

もうこれ以上悩むことで苦しみたくないんです。

いいじゃないですか。

たかが3年半でも、されど3年半です。

やっと入れた大学を卒業して、秘書検定を受けて、漢検一級も受けて、大学院で好きな研究をして、病院か企業に勤めるはずだった3年半です。

フィリピンでプレゼンして帰ってくるはずだった3年半です。

海外の友人と再会して遊ぶはずだった3年半です。

アメリカかイギリスに留学する予定だった3年半です。

 

「まだ3年半でしょ?」とよく言われます。

でもわたしにとっては、今後の人生の分岐点だった3年半です。

それがすべて寝たきりで埋め尽くされたわたしの気持ちがわかりますか?

 

わかってほしくないです。

こんなの誰にもわかってほしくないです。

誰にも理解してほしくないです。

安易に「つらいね、わかるよ」なんて言ってほしくないし、「同じ経験をしたからわかる」なんて人がいても困るんです。

わたしだけで十分なんです。

 

悲劇のヒロインだとか、もうそういう批判はいいんです。

偽善だとかいう妬み嫉みも、もういいんです。

そんなのはもう聞き飽きました。

もうなんでもいいんです。

なんでもいいですけど、これだけ苦しいって悩んで苦しんで叫び続けた青春を送るのはわたしだけで十分なんです。

 

呪術回戦で言ってました。

「誰にも青春を奪う権利はない」

じゃあ人じゃなくて病気なら許されるんですか。

わたしは違うと思います。

病気だろうがなんだろうが、青春を奪われた悲しみっていつまで経っても消えないんです。

わたしの時間は、未だに21歳から止まったままです。

 

治療のほうが病状よりつらいと「治療打ち切り」は選びやすい

もし治療が有効で病状を少しでも鎮めることができるなら、治療打ち切りなんて選択は馬鹿げたことに見えるでしょう。

または病状が苦しすぎるときも、治療を打ち切るなんて選択はできません。

治療を打ち切って待っているのは「よりつらい現実」だからです。

 

ただもし「治療のほうが病状よりつらい」としたら?

「治療が病状を悪化させている」可能性があれば?

「治療で状態が悪化したら?」

治すことはおろか、緩和もできずに悪化だけするのなら。

治療打ち切りの選択肢を選びやすくなります。

 

医師から謝罪される真摯さに感じる残酷さ

 

はるか
はるか

薬をやめ、今後一切医療を受けません

そう伝えても主治医は反対しませんでした。

もちろん諸手を挙げて賛成されもしませんでしたが、やめるべきじゃないとは言われませんでした。

それはわたしの体質にあります。

 

多発性硬化症では、きっとない

これまでの通院記録をご覧くださっていればご存知の方もいるでしょうが、今回初めてきちんと述べるものもあります

 

はじめに見たMRIは教科書よりも授業で見た実際の患者のものよりも凄まじいぐらいに、まさに多発性硬化症の手本と言えるほどの画像でした。

あれほど汚い画像は初めて見ました。

脳出血などの、国試に出る他の病気の患者の脳画像よりもずっとずっと、自分の脳画像の方が汚かった。

あのときの衝撃を忘れることは、記憶野に炎症が起きない限りないと思います。

 

ただ多発性硬化症で効果のあるステロイドパルスは、わたしには効きませんでした。

一般的な周期を無視して連続で行っても症状は進行するばかりでした。

壁伝いならかろうじて歩けた半身不随から全身不随になるまで、1日かかりませんでした。

多発性硬化症として最初の入院初日と二日目の話です。

 

血漿交換はかろうじて効果がありそうでしたが血液検査の結果が悪く、FFP・新鮮凍結血漿(ほとんど輸血に近いもの)で血漿交換をすると、

主治医
2番めの主治医

ほとんどめったに起きないから心配しなくていいよ〜

と言われていたアナフィラキシーショックで昏睡状態に陥りました。

全身に水泡ができました。

起きたときに見た、黒ずんだ紫色をした水泡の潰れた痕があまりにも汚くて、当時の21歳女子大生にとってはとてもショックでした。

 

ワクチンや抗体が害になる世界

半年ほど転院しながら入院を続けていましたが、ようやく退院して今の主治医たどり着きました。

そこで実習のために学校でB型肝炎ワクチン予防接種を2年間で5回受けていたことを話すと、ワクチン後脳炎ではないかと言われました。

わたしにはワクチン後脳炎の可能性と一次進行型多発性硬化症の可能性が浮上しました。

現在は臨床所見と診断基準から誘因不明の再発寛解型多発性硬化症と診断、かつ他の神経難病複数の疑いとされています。詳細は「経過について」にて。
多発性硬化症と診断されても疾患修飾薬の効かない事例は論文検索してください。4年前に授業で習ったくらいなのできちんとあるはずです。
ここでは診断されても治療できない話をしています。

 

そのため日本中が

「抗体が〜」
「ワクチンが〜」
「ワクチンパスポートを〜」

そんなことを言われたって、わたしは新型コロナワクチンを打てません。

主治医
主治医

免疫下げてるから打ったほうが良いんだけど、でもキミはワクチンで発症した可能性もあるから、打ったほうが良いんだけど、打ったほうが良いって言えないんだよね

一般論では免疫が低く喘息もあるわたしは接種したほうが良いワクチンでも、ここまで曖昧なことを言われます。

それくらいわたしは、何度も検査を繰り返したのに、何もわかりませんでした。

体を守るためにワクチンはいるのだろうけど、再発から守るためにはワクチンを打たないほうが良いかもしれない。

そんなの言われ続けたら、どちらを選べば良いかわからなくなっていきます。

最近試したケシンプタはタイミングによって新型コロナワクチンの効きが悪くなるというので、コロナに関しては一度も打たず効く人へワクチンを回そうと決めて1年ほど経ちます。

 

今後のワクチン接種は、インフルエンザなども含めてしない予定です。

というか、できません。

それが全身不随のトリガーになる可能性があるから。

 

日本中で求められているワクチンや抗体が自分の害になる可能性

これが自己免疫疾患です。

 

「抗神経抗体症候群」でも異端で病名不明

その後入院や緊急搬送を繰り返すにつれ、多発性硬化症にしては激しすぎる痙攣発作が目立つようになりました。

筋強直、筋緊張の高すぎるあまりに思い通り動かない右腕。

筋強直と脱力、痙攣を繰り返す右足は全廃(足としての機能はない)との診断を受けました。

ちょうどこの頃に「抗神経抗体症候群として治療する」と言われました。

 

抗神経抗体症候群は神経難病などをまとめた分類で、病名ではありません。

ただ多発性硬化症と決定的に違うのは、

多発性硬化症は神経の膜を攻撃する自己抗体を生み出してしまう自己免疫疾患

なのに対し、

抗神経抗体症候群は神経自体を攻撃する自己抗体を生み出す自己免疫疾患

だということです。

わたしは神経の膜を攻撃する病気の疑いがありながら、神経自体を攻撃する病気かもしれないと言われた状況で3年近く治療を続けてきました。

 

それでもやっぱり決定的に異端だったのが、

抗神経抗体症候群には通常、内臓に神経腫があるはずなのに、わたしにはない

ということでした。

血漿交換の入院ついでにCTやMRIなどをはじめとするたくさんの検査を受けました。

 

わたしは薬のせいで肝機能や腎機能が弱くなっています。

とはいえ神経腫はなく、変な言い方ですが「健康」でした。

よくわからないのでドイツで精密検査を行おうとしていたところ、新型コロナ騒動が起こりました。

結果として精密検査は先送り、今までずっと行われていませんでした。

そして行われることなく終わります。

 

効かない薬を続ける苦痛

ステロイドパルスのような点滴ステロイドは、効かないくせに

主治医
これまでの医師

一応やっとこうか

で何十回も試すことになりました。

効けばいいなと思いつつ、効くことはありませんでした。

 

そのうちステロイドの点滴をすると必ず嘔吐するようになりました。

そのため吐き気止めを注射してから点滴するようになりました。

しかし注射しても吐き気は治まらず、寝転べば吐くからと、車椅子に座ったまま2時間ほどの点滴を受け続けました。

かなりしんどいです。

気持ち悪いだけで何も良くなりませんでした。

効かない薬を何年も続けるのは、とても苦痛だった。

 

望まぬ薬が効くことへの恐怖

子どもを産むために薬をなるべく減らすことを目標にしたはずなのに、

子どもを産んでも大丈夫な薬を使う選択をしたはずなのに、

「これが効いたら免疫系の病気だろう」と最後に試したケシンプタは、続けている限り妊娠してはいけない。

ケシンプタが効いたら、ずっと続けることになる。

そうしたらずっと妊娠してはいけない。

効かなければ、もう何も薬がない。

あるとすれば、抗がん剤。

妊娠へ影響が出ると、はっきり言われている。

どっちにしても、結果が出るのが怖かった。

 

ずっと待っていて、やっと使える!とすごく喜んで使った薬。

そのはずだったのに、ケシンプタ投与1回目で歩けなくなってからは、

  • 回を重ねても下がらない微熱に
  • 横になれずお茶すら飲めない吐き気に
  • 酷くなる痙攣に

挙げられないほどたくさんの副作用に苦しんでいる間に、薬の説明書にあった

「避妊を徹底してください」

の文字に衝撃を受けました。

この薬が効いても効かなくても将来を否定された気分でした。

お前はどうあがいても幸せになれない

って突きつけられた気分でした。

それが全部、全部嫌だった。

 

体が負け始めるステロイドの副作用の強さ

効いているかどうかわからない薬たちなのに副作用だけは強く、ついに体が副作用に負け始めました。

ステロイドの副作用が一番強かった。

 

ステロイドによる骨粗鬆症

骨密度で測る骨年齢は80代といわれています。

わたしはまだ20代なのに。

 

腎機能・肝機能の低下

ステロイドを飲んでいればしかたのないことですが、腎臓と肝臓の数値は下がり続けています。

 

糖尿病予備群

ステロイドを飲むと血糖値が上がりやすくなります。

ファーストフードでもお菓子でもなんでもない和食を食べただけで、血糖値は異常な数値を叩き出します。

安全なものは水とお茶。

飲み始めた頃はここまで極端じゃなかったのに、もう体がもたなくなってきた。

 

ステロイド挫創の増殖

単なる「にきび」だと一蹴されがちですが、流石に何年もステロイドを飲んでいると普通のにきびとステロイド性のにきびとの違いはわかります。

今までは髪の生えている部分でおさまっていた挫創が、ついに全身まできてしまいました。

全身ぶつぶつは流石に嫌だし痛いです。

 

満月様顔貌と中心性肥満

わたしの医療系YouTubeをご覧になった方はご存知だと思いますが、画面が胸元で埋まります。

満月様顔貌で顔が変形したから映したくないから

もありますが、何よりバッファロー様肩+中心性肥満で丸く太くなった体格で画面が埋まります。

決して細い骨格ではなかったけれど、こんなにぶよぶよではなかった。

すべてはステロイド。

 

免疫抑制剤の効果は不明。

23mgより減らすと再発するといわれたステロイドでは、再発覚悟で減らしても副作用が強すぎる。

ついでに点滴だと吐く。

主治医ともどもステロイドは早く減らしたかったけれど、減らす度に再発してきたから減らせなかった。

 

わたしはステロイド内服を何十年続けた人がどうなるかを知っています。

でもそのスピードより格段に早く副作用が強まっている。

惨敗です。

唯一効くはず、薬としては味方のはずのステロイドは、あまりに副作用がきつすぎた。

外見ならまだ我慢するけれど、内臓がもたなくなってきた。

わたしは耐えられなかった。

もう、使えない。限界だ。

 

主治医に謝られる「何の病気かすらわからない」

新型コロナ騒動もそろそろ落ち着いてきた頃で、本来なら検査をするはずでした。

しかしわたしは症状と検査結果がまったく合いませんでした。

主治医
主治医

免疫系の病気なら免疫の数値が高いときに悪化する。
でもキミは免疫の数値に関わらず、高くても低くても悪化するときは悪化する。
逆に良くなるときにも、高くても低くても回復する。
一番考えられるstiffperson症候群も一応免疫の病気だけれど…

 

「治療をやめる」と宣言して初めて正直に伝えられたのは、わたしも予想していた言葉。

もうキミが免疫系の病気なのかすらわからない

何の病気かわからないのに、どんな治療をすればいいのかわからない

 

そして謝られました。

主治医
主治医

僕の、僕たちの力不足で本当に申し訳ない。
僕の諦めが悪いばかりに、キミに苦しいことを強いてしまった。

先生のせいじゃないですとは、口が裂けても言えなかった。

だって医療技術が遅れているばかりにわたしが何年も苦しんだのは確かだったから。

 

最初は確実に、免疫系の病気だった

でも今のキミが本当に免疫系の病気なのか、僕にはわからない

 

結局わたしは、いくら検査も薬も使ったところで、自分の病気が何なのかすらわからなかった。

わからないまま、症状を抑える薬、薬の副作用を抑える薬、その薬の副作用を抑える薬…

そうやってどんどん薬ばかりが増えていった。

 

先生はとても頑張ってくれて、病気は決して先生のせいではないけれど、

先生の真摯さが「これ以上は何もできない」との宣告に聞こえて、逆にじわじわとつらくなってきた。

わかっていて自分で選択したこととはいえ、改めて専門家から告げられると、もう泣くしかなかった。

一番嫌な形での、主治医とわたしの意見の一致だった。

 

治療打ち切りの決め手となったのは、最後のケシンプタだったかもしれません。

効く薬なら将来の夢を否定されて

効かない薬なら未来を否定される

何をしても結局変わらないじゃないか

ならもう、わたしの望むようにそろそろ選択しよう

わたしにとっても、そして周りの人にとっても一番残酷な選択肢を。

わたしはもう、選べるはずだ。

 

周りの反対は「効きそうな医療があれば受けて」の願い

一番反対したのは家族でした。

家族になってまだそこまで時間は経っていないのに、真剣に話を聞いていろんな代替案を出してくれました。

  • 娘が親より先に死ぬかもしれないこと
  • 死ななくてもまた寝たきりに戻るかもしれないこと
  • もうすぐ嫁に出ると言っている娘が今そんな決断をすること

「それなら嫁になんて行かせずに自分たちが面倒をみる」とまで言われました。

「若いパートナーよりも自分たちの方が、経済的にも経験値的にもパートナーに面倒をかけない」とも言われました。

その通りです。

  • 結婚して生活が安定してから治療をやめる決断はできないのか?

とも言われました。

それは無理です。

主治医が一番の専門医です。

少なくとも多発性硬化症でないかもしれないどころか免疫系の病気でもないかもしれない患者を診てくれる神経系の専門医は他にいません。

医療拒否という選択をできるとしたら、今しかありません。

だからこそ主治医も反対しませんでした。

一度薬をやめてみるには今しかないからです。

やめてみることをひとつの「実験」と考えている節もあります

 

最終的には家族からもパートナーからも主治医からも同意を得られました。

ただ「今後一切医療を受けない」選択をして誰からも言われたのは、

  1. いつでも「医療を再開したい」と思ったときに再開すればいい
  2. 効きそうな薬が出たときには試す選択肢ももっていてほしい

この2つでした。

 

前者は今の自分には全く考えられませんが、何年も生きていくにつれて再開したくなることもあるかもしれません。

後者については、効きそうな薬が出るというのはもう新薬しかないので、それを試すというのはまた自分の体を犠牲にしたモルモットになるということなので、絶対にしません。

それはきちんと伝えました。

 

すべてはわたし個人の話ですが、

大切な人にとっては大切な話

難病患者にとっては生き方の選択の話

わたしと直接関係のない人にとってはただのひとつの物語にすぎない…

かもしれません。

 

これは、ひとつの可能性の話です。

これは、ひとつの生き方の話です。

 

医療ではなく自分を信じる選択

大体こういう話をすると

「悲観的になるな」

とかの的外れでありがた迷惑なご指摘をいただきます。

いい加減にわかってきました

 

ですがわたしは悲観的な話をしているのではありません。

悩み苦しみ泣き喚き叫びながら、

自分が何の病気かもわからず何をどうしたらいいのかもさっぱりわからないなかで、

自分の体の回復力を信じたわたしの話をしています。

わたしはわたしの可能性に賭けました。

薬でも治療でもなく

今後の研究でもなく

わたし自身の体のもつ可能性に賭けました。

 

これはひとつの選択肢の話です。

ひとつの生き方の話です。

ひとつの可能性の話です。

数え切れないほどたくさんのリスクを、場合によっては死のリスクを背負いながら、自分を信じる決断をした話です。

 

勝手に決めつけないでください。

わたしは薬をすべてやめて、今後難病に関わるあらゆる医療を受けずに、自分の回復力のみで、

  • いいお嫁さんに
  • いいお母さんに
  • そして人間に

なれると信じて決断しました。

それがきちんと伝わればいいなと思います。

 

【最後の通院記録】2021/10/19

治療停止に踏み切った10月19日、免疫抑制剤をすべて中止し、内服ステロイド2mg減らしました。

  • プレドニン(ステロイド)17mg→15mgへ減薬
  • セルセプト(免疫抑制剤)600mg(max)→0(中止)

わたしの場合ジアゼパム系への耐性が強くもともと飲んでいる量が異常なので、免疫系と症状を抑えるジアゼパム系を一気に減らすと気が狂ったり死んでしまったりすると言われました。

先日の精神神経科でもう「気が狂っている」と言われたとは流石に言いづらかったです

 

まずは免疫系のみを削減し、ある程度減らしてから痙攣を抑えるためのジアゼパム系の薬をやめていくことになりました。

これから先は減薬の記録となるので、通院記録としてではなく「経過について」に追記していきます。

 

これを音声入力で入力している10月23日、とても調子がいいとは言えません。

起きているので結構やっとな状態です。

たかが通院記録の音声入力なのに数日もかかっています。

これを加筆してサイトに載せて公開するまでにも数日かかることでしょう。

 

最近は目の調子も悪く2日前に買った目薬がもう半分になりました。

それぐらいの頻度でさしていないと目が開かないし、何も見えません。

雨のせいか減薬のせいかはわかりませんが、痙攣も酷くなっています。

舌もしびれて、音声入力の精度も低いです。

 

だからこそ一層、減薬が正しいとは言いません。

減薬を勧めることもしません。

他の難病患者さんに「薬をやめるのが正しい」なんて、お世辞でも何でもひと言も言えません。

 

薬が効くなら使っている方が正しいです。

多分そうです。

楽な方が、生きるのを楽にしてくれる方がいいはずで、そっちを選んだ方がいいはずです。

 

なのでわたしにつられて薬をやめるなんてことはしないでください

多分しないと思いますが、もし少しでも考えたなら、もっとよく考えてください。

わたしが数年かけて、全身不随の間考えるしかなくて、考え続けて考え続けた結果と、他のこともしながらそれなりの期間で考えたこととを一緒にしないでください。

 

これはわたしの考えが優れているとかではありません。

もしその決断で症状が悪化したときにつらくなるのは決断した本人だからです。

だからわたしはひとつの選択肢を示しつつ、真似してくださいとはひと言も言いません。

 

これはひとつの可能性の話です。

医学よりも自然治癒力が勝っていると信じたわたしの生き方の話です。

他人の研究任せにするより、自分を信じたわたしの話です。

 

すべては可能性の話で、それなら自分の信じたいものを信じる選択をした生き方の話です。

ご覧くださってありがとうございました。

 

【2021/11/01の現状】

診察から数週間経っても未だにサイトに載せられていません。

小説が忙しかったなどの理由はありますが、一番は

小説の完成も締め切りギリギリになって、サイト更新なんて考えられないくらいパソコンを触れなかったから

です。

今日(11/1)に公開しようととても頑張っています。

あと小説は、今ご感想を賜っているなかにわたしの一番伝えたかったことがないので、筆力のなさを感じるとともに正解を待っています。簡単に正解されると面白みもないですし…

 

安否確認をたくさんの方からいただきとてもありがたく感じています。

ただ音声入力でないとなかなか文字をつづるのが難しいです。

 

正直に、体調は変わらずあまり良くありません。

舌のしびれも変わりなく、なかなか音声入力自体が難しい状態です。

突然襲ってくる吐き気に痙攣によくわからん筋肉痛と神経痛…

離脱症状か何なのかさっぱりわかりません。

 

精神状態としても、理由はここには書けませんが、悪化するばかりです。

書くとしたら家庭環境の話になるので10万字くらい超えそうです

 

おととい、泣きながらゆずシャーベットを食べました。

数年ぶりの味はとてもおいしかったです。

ゆずはグレープフルーツより大好物です。

ゆずの乗った料理はずっと見送ってきました。

ゆずの乗った回転寿司のネタ、食べたいと思いながらずっとレーンを見ていました。

最近はゆずの乗ったものが多いのですね。

かなり久しぶりに連れて行ってもらったので、まったく知りませんでした。

 

ずっと柑橘類には手を出さずに3年半過ごしました。

一番好きなのに、ずっと我慢してきました。

ゆずシャーベットはおいしくて、でも食べちゃいけないもので、でもずっと食べたかったもので、感情の整理ができずに泣きながら食べました。

冬至のゆず風呂も、ゆずの香りのバスソルトも、もし口に入ったらと思うと諦めるしかなかった。

主治医
2番めの主治医

治らないけど、諦めないで!

そうやってグッドラックしていった先生。

でも本当はずっと、諦めたかった。

つらいこと、痛いこと、苦しいこと、全部諦めたかった。

生きることすら、諦めたかった。

 

でもそれはちょっと、なんとなく病気に負けた気がするから、生きてみることにした。

 

効果がわかっていて最適量だとわかった痙攣止めのテグレトール4錠とランドセン8錠だけでも続ければ、

この右腕は、右脚は暴れずに済むのだろうか?

痛まずに済むのだろうか?

これほど苦しまずに済むのだろうか?

そう考えては、自分の選択が本当に正しいのかを疑っています。

これは結構、あまりにもきついです。

薬をやめることが正しいとは、あんまり言えません。

 

今からでも「やっぱり継続する」と言うことはできます。

でも「やっぱり薬に振り回される生活はもう散々だな」と思っては「やっぱり薬はやめようかな」と思い直します。

そんな「やっぱり」漬けの日々です。

たぶんすべての薬をやめるまでは、こうしてずっと悩み続けます。

 

恥の多い生涯を送ってきました。

  • 体調が悪いから
  • 精神状態が悪いから

そうたくさん言い訳してはいろんな人に迷惑かけました。

すみませんでした。

そしてありがとうございました。

わたしは素晴らしい人間ではありません。

みなさんが褒めてくれるような人間でもありません。

臆病で、自分のためにしか努力できない人間です。

人間でありたいとあがく人間もどきです。

 

やりたいことはたくさんあります。

なりたい自分はたくさんあります。

これを心理学ではアイデンティティの拡散といいます。

思春期、青年期に起こる事象です。

昔好きだったしゅごキャラでは、思春期や青年期にあたる中学、高校や大学生ではなく、小学生時点で起こっています。

 

最近よく「過去を引きずるな」と説教されます。

でもわたしはこうやって過去をひとつひとつ回収して、わたしという人間になります。

いつも応援してくださってありがとうございます。

 

難病患者の社会貢献度

これは上の話の前提条件の話です。
読まなくてもかまいません。

 

わたしたち難病患者は、様々なデータが保管されています。

カルテ、画像、血液、髄液、血漿交換をすれば血漿も、他にもたくさんの「体の一部」が。

たくさんの「データ」たちが、研究目的で半永久的に保存されています。

医学が進歩したしかるべきときに実験できるように、そのときまで保存されています。

 

わたしたち難病患者は、よく治験を行います。

もちろん難病患者でなくとも治験はあります。

しかし割合的に考えると、難病患者の治験は難病ではない病気の患者の比ではありません。

なぜなら新しい薬が生まれたとき一定数の患者がいる病気なら治験は分散できますが、わたしたち難病患者は数が少ないため新薬を試す役割を分散できないからです。

 

わたしたち難病患者は、働けずに医療費を食いつぶしていく人間だと社会から見なされがちです。

わたしは実際に高校生から医療費を使わずに健常者の性奴隷になって死ねと言われたことがありますし、難病を告白した途端に打ち切られた契約の数はもう覚えていません

 

働く前から働けないとみなされて働く機会をもらえない

そうやってもがき苦しむ難病患者は後を絶ちません。

 

わたしたち難病患者でも、数年前からは病気の種類と程度によって医療費の負担が増えました。

多発性硬化症でいうと、軽度認定されれば月に1万円支払いが加算されます。

  • 国民保険
  • 限度額認定証
  • 難病医療助成費認定証(通称、難病手帳)

難病患者の薬はひと月、1種類だけでも何十万とします。

これらの補助を使ったところで、ひと月に数万円はかかります。

 

指定難病ならば難病手当がもらえ、医療費がタダだった時代も祖父母の代にはあったそうです。

しかし現代にそんなものはありません。

あるのは医療助成です。

助けてもらってありがたいしありがとうと言うべきかもしれませんが、現実問題として支出であることには変わりありません。

 

わたしたち難病患者は、就労不可の診断書が下りることもあります。

これはきっと難病だけに関わらず、障害者全員にいえることでしょう。

働けないのに支出だけがある。

支出だけでもサポートしてくれるから、助成金が下りるから「難病患者は優遇されている」と勘違いされる。

こう言うと必ず反論が来るのですが、ここでは「日本のサポートは結構手厚い」だとか「自分は満足している」だとか、そんな個人規模の小さな話はしていません。
サポートが足りていると感じる人もいれば、足りていないと感じる人もいる。
サポートがあってもなお「差別されている」と感じる人がいる。
そういった様々な人の話をしています。

 

それでもわたしたち難病患者は、社会貢献度はけっこう高いはずです。

けっこう頑張っています。

それは自分が生きるためのこともありますが、

血液や髄液などの保存の許可並びに研究目的での保存と使用許可

これらはすべて、医学の発展のためです。

自分の生きているうちには間に合わないけれど将来誰かの苦しみを減らせるように

そのためです。

 

偶然誰でもかかりうる病気が難病だっただけなのに、どうしてこんな差別を受けながら(半強制的な)ボランティアを続けなければいけないのだろう

 

これはわたしの生き方の話ですが、決してわたしだけの話はしていません。

いろんな場面で、いろんな扱いを受けて、いろんな苦しみを痛感することになった人々を想像してみてください。

 

【追伸】報道とかなり異なる難病:多発性硬化症

何度でも言います。

多発性硬化症はいろんな型がありますが、大体の型において再発と寛解、少し回復することを繰り返しながら、全体的には徐々に悪化していく病気です。

神経が電線コードだとしたら、そのゴム膜の部分を自分で食い破ってしまう病気で、ひどいと中の電線まで傷つけてしまう病気

簡単なたとえではそう言われます。

 

神経は全身にありますが、なかでも多発性硬化症は脳と脊髄という中枢神経に限った病気であり、一箇所でもゴム膜が食い破られて漏電してしまえば全身が停止する病気だとは、あまり説明されません。

 

テレビで繰り返されるのは、

「多発性硬化症は手足がしびれる病気です」

以上。

 

違います。

自殺企図するほどのうつにもなれば急激に多幸感に包まれることもあり、精神状態が不安定になります。

脱力や硬直、痙攣などを伴って、全身が思うように動かなくなります。

実際にわたしの持つ障害者手帳に記されているのは手足のしびれなどではなく

体幹機能障害(歩行困難)

です。

「体幹」です。

「手足」の末梢ではありません。

末梢の神経病なら多くの場合、多発性硬化症と双璧をなす扱いをされる「ギラン・バレー症候群」となります。もちろん他にも病名はたくさんあります。

 

加えて、まだ免疫系の病気と考えられていた頃のわたしの入院理由は、

  • 全身不随による寝たきり
  • 首の筋肉の痙攣による窒息
  • 手足の痙攣の急激な悪化

などです。

手足の痺れの悪化ではありません。

 

報道と現実は全然違います。

多発性硬化症患者だった者として、最後に言いたいことは以上です。

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