きみの泣き顔なんて見たくない
— haruka@MSPTSbot (@haruka49311618) 2019年1月24日
ずっと笑っていてほしい
だけど
それはきみが、本当に楽しいことを見つけて
心から笑えるときでいいんだ
それまではたくさん泣いて
ぼくの胸を貸すから
強がりなきみの泣き顔は、
見ないでおくね
これはふと思いついたもので、どちらかというとbot用とか伝えたいこととか言うよりも、わたしがたまに#haru詩としてツイートするような、それに近いかもしれません。
きっと誰も、相手の泣き顔なんてみたくなくて、笑っていてほしくて、
でも「笑うって難しい」んですよね。
特に
心から笑う
本当に楽しくて笑う
って超難しいです。
薬の処方が変わったせいか、年末辺りから鬱が激化して、
全然笑えないしむしろ理由もないのに自然に涙が出てきて、悲しくなって、気分が沈んで、自殺未遂を繰り返して、
「あいつ一人にするとすぐ死のうとするから」みたいに言われて、
「何かあったら連絡!」と出かけ際に毎日言われて、
そのときは全然死ぬつもりなんてないんですけれど、希死念慮ってふと湧いてきて、抗えないんですよね。
いや、まあ完全に抗えないわけではないから今も生きてこうして書いているんですけれど。
リスカでなんとか死ぬのを踏みとどまっている状態です(^_^;)
とにかく笑うのが難しくなりました。
好きだったこと、好きだったもの、わからなくなりました。
だから、ひとに「笑って」って言えなくなりました。
「笑えないよね、そりゃそうだ」って
「楽しくないよね」って
「生きるのってつらいよね」って
どうしてもそっちが勝ってしまうから、
だから気づきました。
「泣いてる間は見ないでおくこと」
「黙って胸を貸すこと」
これも、優しさなのかなって。
どうか貴方の気が済むまで泣いてください。
言うなれば、「涙が枯れるまで」
そのあとの貴方の幸せそうな笑顔を、わたしは心待ちにします。