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全身硬直カタレプシーにステロイドパルスと敬愛を自認できた初めての日|ANASとうつの記録 2020/05/25|動画付き

リハビリ記録(宅療記録)

みなさまお加減はいかがでしょうか。はるかです。

わたしは昨夜、テグレトール切れで立ち上がった瞬間に硬直型全身痙攣を起こし、人形のようにしばらく固まる事件が発生していました。

後に義母が退院時のダブル処方で余っていたお薬のストックを見つけてくれて症状はマシになりました。

そもそも移動させて失くしたのは義母だけど、ありがとう助かったよ

昨日は他の抗痙攣薬に漢方薬までなぜか切れていて、ひたすら安静にしていました。

自分の薬の適正量がようやくつかめてきたところで、今回の通院記録です。

今回は精神神経科神経内科採血がありました。

精神神経科

特筆して伝えることもないようなひと月だった気がしていて、「あっと言う間だった」とのひと言で始まった精神神経科での問診。

「いろいろあった気がするけど覚えていない」と伝えると

「『いろいろ』って言うのは、自分でされてる活動で?それとも治療で?」

と尋ねられました。

この1か月はコロナへの警戒病状の悪化によりベランダにすら出ずずっと家にこもりっぱなし、入院もなかったので

「活動で」

と答えました。

そういやベランダのアロエさんに水やれてないわ!入院してからだから2ヶ月!ごめん(_ _;)

それからは「わたしの活動」ライター職についての雑談。

不満?みたいな疑問もあるので、いずれまた書きたいです

そして恐らく今日の本題

「お母さんへの態度が『同居してるおばさん』から変わったね」

という先生の指摘。

確かにこの日、わたしは義母を「母」と呼んでいました。無意識です。

そこからはわたしの過去の家庭事情、まだサイトにも書いていない「家族関係」についての話。

ちょっと長いけど簡単に書きますね

わたしの家は父親最上、次に子どもたちで1番下が母という知的ヒエラルキーがありました。

これは父親が母親を馬鹿にするから、わたしたちも母がどうしようもない馬鹿なんだと思っていたということです。

それはわたしが8歳頃まで。

先生は「そのくらいの歳ならさすがにお母さんの方が知識もあるでしょ?」と仰りましたが、そもそも父方の祖父に面倒をみてもらっていたわたしに、幼少期母親に面倒をみてもらった記憶はありません
仏教の教会に連れていかれた記憶だけは鮮明にありますが

そこからは「わたしと父との関係」でお話ししたようにどんどん父親が狂っていったので、わたしは母を敬愛して「わたしが支えなきゃ」と思うようになります。

父親も助けようとしたので、脳科学や神経について学び始めたのも8歳頃からです
図書館に入り浸り、理解できない漢字と単語と脳解剖の知識にいろんな本を広げながら、関連本がなくなれば図書館を渡り歩きました
この辺りは全部自分の決めたこと、誰にも内緒でやりました

そこから多発性硬化症を発症し、「動かない体にありがとうと言え」「病気にありがとうと言え」「痛みにありがとうと言え」などと

松下幸之助さんの「感謝すれば何事もうまくいく精神」を押しつけられるまではずっと敬愛していましたし、ずっと義母の言う通りに、家から通える国公立大に行ったしバイトは面接前に許可を取っていたし、

好き勝手する妹たちとは正反対に、全部義母や親戚に許可を取った上で行動してきました。

わたしの身内には尊敬できる人間性をもつ人が多いので

でも、そうして尊敬して慕っていたからこそ、「今治療を止めたら死ぬ」と言われていた時期に「すべての治療をやめないか」と言われたことがつらくて

可愛さ余って憎さ100倍な感じなのです。

という気持ちを伝えることができました。

ここ数年ひたすらムキになって否定し続けた尊敬の念を自分で認められたことは大きいかなと思っています。

ついでに義母のカウンセリングをしたり、薬を見つけてもらった感謝も大きかったっぽいですね…

あとは過去の「人殺し呼ばわり事件」でもやもやしていたことを元に教育や命に対する考えをまとめてにしたこと、

当時は「裏切られた」心境でいっぱいだったけれど、今は「裏切られたと思えるくらいに他人を信じられた自分を誇りに思う」という現在の心境を伝えて終わりました。

わたしは自分が大好きです。

喋り方を忘れるくらい現実では無口な自分も、怒って泣いて叫び狂う自分も、人間らしくて大好きです。

とも伝えてきました(●´ω`●)

自分も信じられない人間が他人を信じられるとは思えない

と言うと、「そうだね、偉いね」と褒めてもらいました。( ・´ー・`)どや

奥の研修医さんもめっちゃ深く何度も頷いてたのには笑いました笑

神経内科

神経内科では、採血の結果、肝機能が少し落ちていることと血糖値が高いこと以外は問題ありませんでした。

薬の副作用と朝食後という点を考慮すると、仕方ないです。

リンパ球がやや多いことについては、検査項目のカラクリがあったのでまた後日動画にしたいです

そして抗痙攣薬ゼロを目指してきましたが、昨夜カタレプシーという「蝋人形のように固まる」症状が起こり、

精神神経科でも事前に相談したところ「テグレトール切れの症状ではないか」とのことで

カタレプシー

English:catalepsy

強硬症。一定の姿勢をとると、その姿勢を随意的に変更できず、長い時間にわたって同じ姿勢を保持する症状。統合失調症の患者や心因性精神障害でみられる。

出典元;アルメディアWEB(https://www.almediaweb.jp/glossary/0156.html)

 

実際テグレトールを2錠から1錠に減らしたこの1か月かなり身体の動きが悪くまたランドセンも8錠から6錠に減らしましたが、ランドセンがないと身体が一切硬直したまま動かないこともわかり、

テグレトール1錠→2錠へ増薬
ランドセン6錠→8錠へ増薬

処方を元へ戻しました。

その代わりといってはなんですが、末期がん患者などへ短期間処方される痛み止め

ナイキサンMAX6錠→4錠へ減薬

しました。

ナイキサン長期で飲むと逆に痛みに過敏になってしまう危険な痛み止めです。

わたしが「痛すぎて死にたい」と言ったので最終手段として緩和ケアグループから処方されましたが、本当は2年なんて長期で使うものではありません

トラムセット、サインバルタも徐々に減らしていこうと思っています。

ここまではお薬の話ですが、診察内容ではわたしの

  • 1か月前には上がった右腕が上がらない
  • 完全に右脚を動かせない
ただ筋肉は収縮しようと動いているので神経は薄っすら繋がっている様子

から、急遽ステロイドパルスを受けることになりました。

パルスを受けた直後は少し右腕も動いたのですが、やはり一旦寝ると驚くほど動かなくなりますね(-_-;)
薬の血中濃度が薄まったのもあるのでしょうが…

左手以外動かず、脚の感覚も痺れすら消えたので「脚どこ⁉」と探した動画↓

バックが雑多で申し訳なく…(_ _;)

ということで今回の記録は終わります(●´ω`●)

次回は様子を見て、免疫抑制剤のメトトレキサートを増薬する見込みです…

メトトレキサートは頭がかなりとてもやばいくらい痛くなるから嫌いですが、これを増やして代わりにプレドニン(内服ステロイド剤)をそろそろ減らさないと骨粗鬆症やその他の副作用が恐ろしいので受け入れます…
ついでに最近心臓発作が頻度激しさともにえぐいので、久しぶりに循環器にも行ってきます(^_^;)

ということで、お付き合いありがとうございます(*´艸`*)

おやすみなさい

良い睡眠、良い夢を☆

いつも支えてくださるみなさまに最大級の感謝をこめて

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