まだエコーでしか会えない君へ、いつか君が文字を読めるようになったとき、なんとなくつらくなったとき、そして君が親になるとき、これを……読まなくてもいいし、読んでもいい。
今の僕の心情を知ってほしいというのは僕のエゴだけれど、お腹の中にいる君なら、きっと言わなくても伝わっていそうだ。
僕は、君の親ではない方がいいのかもしれない。
子どもが親を選んで生まれてくるなんておとぎ話を、僕は信じていない。
そんな、親が勝手に感動するだけの夢物語は、好きじゃない。
僕は君がお腹にいることに、なんとなく気づきながら1か月も検査しなかった。
君がいると確定したときには、もう満4か月を超えていた。
見晴らしのいい東北の地では、僕の病気までは見通せないらしい。
持病を考えると診られる病院がないから地元へ戻れと言われた。
君のお父さんとは、そこでバイバイしたままだ。
君がお腹にいる間、僕はいろんな病気にかかって、いろんな薬を飲み続けて、何度も転んで、摂食障害の残骸の偏食をし続けた。
今はまだあの頃よりはもう少しがんばっているつもりだけど、「妊娠中は禁忌」って言われた薬を飲み続けている。
さすがにこれを書く数日前に産婦人科の先生からドクターストップがかかったけど、そのせいか心臓発作の頻度は増した。
心臓以外にも、何度もいろんな発作を起こして倒れた。
過呼吸も痙攣も心臓発作も、妊娠の影響で増えているといわれればそれまでだけど、元々健康な人なら少なくとも痙攣や心臓発作は味わうことなく済んだはずだ。
きっと君はびっくりしたと思う。
転倒については……君はきっと、慣れっこになっていると思う。
「おまえ、めっちゃこけてたやろ。いたかったねんで」
とか生まれてきたら言われそうで、想像してちょっと笑った。
きっと僕は、ごめんねって言いながら、それでも生まれてきてくれてありがとうって言うんだろう。
君の誕生日には、毎年「生まれてきてくれてありがとう」って言おうと思ってる。
豪華なプレゼントやおいしいケーキは用意できないかもしれないけど、それだけは伝えようと思ってる。
僕のいとこの家は、誕生日になると「生んでくれてありがとう」って子どもが親に言うきまりになっている。
僕は絶対にそれをしないでおこうと思う。
半年前にいとこから「昔から預けられてばっかりであの親に育ててもらった記憶ないのに、なんで毎年お礼言わなあかんのかな?」と相談を受けた。
僕は君が自然に感謝できる人になってほしいから、「ありがとうと言え」とは言わないでおこうと思う。
もしも教育上言わなければいけない事態になったら、理由を説明すると思う。
でもやっぱり、何かを強制することは、しないでいたいと思う。
君の母親は、自分の親を親と思えずに裁判所へ行ってまで親を変えてきた人間です。
胎教に良くないと言われるような小説編集を毎日して、たまに入る案件だって胎教にはよろしくなさそうなもので、朗らかにいなさいと言われながらも、毎日小難しいことばかりに頭を使っている人間です。
昨日も母に「岸田総理ってなんで嫌われてるの?」って尋ねられたので延々理由を挙げていました。
君が生まれてくる頃には岸田さんが総理をやめていてほしいと願っているけれど、そんなことを願うこと自体があまり胎教に良くないんだろうなとは、さすがにわかりはじめました。
僕は君の母親には向いていないのかな、と思いました。
ただ幸にも不幸にも、僕はいろんな親を知っています。
だから自分がどんな親になりたいのかは、とてもはっきりしています。
「君の自由意志を尊重したい」
以上です。
僕は「自分のしてほしかったことをしてあげるのが愛だ」なんて押し付けがましいことは言いたくないけど、自分のされて嫌だったことは絶対にしないようにしたいと思います。
君には、
できれば、僕たち両親のもつ病気や障害は引き継がないでほしい。
でも、引き継いだとしても、元気でいてくれればかまわない。
健康でなくていいから、元気であってほしい。
できれば、運動神経はお父さんに似てほしい。
僕に似てしまったら、足が遅くて悩むかもしれない。
足が遅くていじめられたこともあるから、あんまり僕には似てほしくない。
できれば、骨の強さだけは絶対に僕に似てほしい。
お父さんみたいに簡単に歯を折るようだと、たぶん痛い。
今の僕の骨は薬でそこそこ傷んでるけど、僕が健康面で誇れることなんて骨の強さしかなかったから、そこは似てほしいかな。
君はもう立派な背骨があるから大丈夫だ。そんな気がしてる。
できれば、読書を楽しめるところは僕に似てほしい。
世界には自分一人じゃ体験できないことがあって、そんな世界を教えてくれるのが本だと思う。
でも、本なんて読まなくてもかまわない。
君の世界は、放っておいてもそのうち広がっていく。
音楽は、どっちに似てくれてもかまわない。
君のお父さんは歌が上手だし、僕はピアノが弾ける。
今はそんな難しい曲は弾けないけど、病気になる前はプロを目指してた時期もあったから、それなりの腕はあったはずだ。
でも、音痴でも楽器を弾けなくてもいい。特別害はないんだし。
ただ、音楽を楽しめる心があるっていうのは、ちょっとだけ大切な気がしてる。
音楽も、君の世界を彩ってくれると思う。
でもやっぱり君の世界は君が色づけていくだろうから、必要ないのかもしれない。
絵心は、どっちもないから、ごめんね。
自力でがんばれとしか言えないや。
ご飯を食べる度に君はやたらと暴れるから、はじめは「なんて縄張り意識の高い子なんだ」って、食べ物とお腹スペースの取り合いしてるぞって笑ってたけど、
君は食べ物をボールか何かと勘違いしてるのかな?
サッカーやボクシングの練習をしてるのかもって思ったら、「食べ物来た!えいっ!」って的当てしてるのかなって思ったよ。
お父さんに似てたらサッカーしてるだろうし、僕に似てたらボクシングしてるだろうね。
たまに角度がえげつないから、少林寺かも。僕は後ろ回し蹴りと足刀が得意だったよ。
生まれてきたら、ぜひ棒を握ってみてほしい。
お父さんに似てたら、野球とか剣道とかの棒を振り回す系のスポーツが得意なはず。
僕に似てたら、直接殴って蹴るほうが強いと思う。
僕が振り回せたのはバドミントンのラケットだけだったから。
一番大切なことを言います。
君にはとてもとても頼りになるお父さんがいます。
朝と寒さには弱いけど、突然一人になっても家事をしながら働いて、君のためなら700kmを軽々飛んでくるお父さんがいます。
君も生まれる前から懐いてるから、よく知ってるよね。
僕は、君が暴れるとあんまりにもお腹が痛くて指一本動かせなくなることもあって、救急で病院に行くこともそれなりにあって、最近までは君が元気なことを素直に喜べないでいました。
でもお父さんはずっと「元気なのは良きこと」って言ってくれていたよね。
朝晩1日2回必ずビデオ電話で呼びかけてくれるもんね。
だから君も、「とーにゃに会いたい」って僕を4時半に叩き起こすんだよね。
さすがに早すぎだよ。
2時に起こすのをやめてくれただけありがたいけど、1時半まで暴れて寝かせないのはまあ……寝不足でくまが酷くなったけど、別にいいや。
元気なのが一番だと、最近は思えるよ。
僕にはあんまり面倒を見なくてろくに家にいないと思ったらリストラされてて薬漬けになって常に怒鳴ってて自分のしてあげたことだけは誇ってしてもらったことはすべて忘れて、なんだかんだと約束を破って勝手に「お前は難病の障害者なんだから」って未来を限定して、味方なふりして「俺の言う通りにしろ」って言って何百万ってお金を取っていったくせに親の顔をしたがる父しかいないけど、君には「君が生まれる」っていうだけで陰キャのコミュ障とバイバイして仕事も家事も子育て関連の諸々も全部頑張ってくれるお父さんがいます。
お義母さん――君にとってのおばあちゃんも、すごく良い人だ。
僕の下の子たちも、ちょっと多いからはじめは驚くだろうけど、みんな良い人……僕にとっては可愛い子たちだ。
悪い子じゃないよ。
だから安心して、生まれてきてもいいと思うんだ。
君の母親は僕じゃないほうが良かったのかもしれない。
でも君は僕の子として生まれてくる。
それを損や恥だと言われないように僕は頑張りたいし、君のお父さんは、とても頼りになる。
だから君は、もしかしたら僕のところに生まれてきても良いんじゃないかと思う。
いいお父さんを選んだね、って、そう思う。
君にとっては僕が親でない方がいいかもしれないけど、でも君にとって、僕が親でよかったのかもしれないとも思う。
それを決めるのは君だけど、君に恥じない親でありたいと、少なくとも今の僕はそう思う。
いつか僕がこの初心を忘れてギャーギャー言うようなら、君が僕を叱ってほしい。
今お腹をぽこりんぽこりん叩いている君には、僕の気持ちは伝わっていそうだ。
来年の春、死も苦も超えた春の日に会えることを、楽しみにしています。
と言いながら、帝王切開に決まったので生まれは2週間早まったけど。
それまでは、まあちょっと加減しながらお腹を蹴っててくれると嬉しいかな。
いつも僕の仕事に付き合ってくれて、ありがとう。