広告
広告

親子関係で悩む人へ/わたしと父との関係1

人間関係
この記事は約4分で読めます。
このページはわたしと父がどのような関係を経て、現在どうしているのか、その過程を振り返って綴るものです。

最近憲法改正案や共同親権、毒親などのワードがわたしのTLに多いのでつづります。嫌いとは言わないけれど、未だにどうしてももやもやする父との関係について

わたしの主張

まずはじめにわたしの立場を明らかにしようと思いますが、

  • 憲法改正案の、とくに家族で助け合うべしという部分には反対
  • 共同親権には断固反対  です。

父について

わたしの父は、悪い人ではないんです。

昔は週末によく色々なところに遊びに連れて行ってくれましたし、父の職場の友人とのキャンプにも何度も連れて行ってもらって、父の友人にも可愛がっていただきました。

その頃は父方の祖父母と一緒に住んでおり、平日には出張の多い父、家事に忙しい母の代わりに、わたしは祖父に面倒をみてもらっていました。

なのでわたしは生粋のおじいちゃんっ子です(^^)

父の変化について

父がおかしくなり始めたのは、祖父母と別居してからのことです。

どうやら祖父母と喧嘩をしたそうなのですが、何でそこまで喧嘩になったのかはわたしが当時まだ小学2年生の頃なので、よく知りません。

ただ知っているのは、母に向かって「俺は親を捨ててまでお前を選んだんや!」と怒鳴ったこと。

わたしの家では、父の言うことは絶対。父は素晴らしい人なんだと母から教えられて育ち、実際父の言うことには全て従う母を見て育ったので、父に逆らうなんて当時は考えもしなかったです。
たとえばわたしがリビングから一番離れた部屋にいて、父がやかんのすぐ近くに座っていても「お茶いれて」と言われて無視すれば、わざわざ離れた部屋までやって来て頬をビンタされました。
躾だと思っているので暴力とは考えていませんが、「自分でいれればいいのに…」と思ったのは事実です(^^;

決定的におかしくなったのは、会社をリストラされてからです。

注意されるとその人に対して逆ギレしたり、マルチ商法にひっかかったり、ネットに関する自営業を始めたものの失敗してFXに手を出して、借金を作って…

ちなみに今のわたしのプログラミングへの抵抗の無さは、父に「手伝ってほしいから勉強し」と渡されたウェブデザインの本由来なので、それについては感謝しています。
あと最近FXトレーダーの方にすごくフォローされるのですが、来る者拒まずなので全然大丈夫ですしむしろありがたいといえばありがたいのですが、FXに対してはこういう個人的な恨みみたいなものがあるので100%フォロバ致しません。ご了承ください。

我が家にはもう1つ暗黙の了解みたいなものがあって、父の給料のうち、生活費として渡される分以外は父が自由に使えるお金だったんですね。

別にそれ自体がおかしいというわけではなくて、配分の問題で。

だから別居してからというもの、凄まじい節約生活をしていたんですよね。楽しみながらやっていたので苦じゃないし全然良いんですけど、後に「実は充分な収入はあったんだよ」と母に打ち明けられるまでは、わたしは自分の家のことを貧しい家だと思っていました。
ただ、わたしたちが節約してるのに、父は新しいバイクを買ったりロードバイクを買ったり、車のタイヤマフラーを改造したり、あと大型の当時は最新式だった薄型テレビを買って自分の部屋だけリフォームしたり(賃貸なのに)と、なんとなく違和感はありました。

父に逆らわないよう育てられたわたしでも「は?」と思ったのは、父が働かなくなり、母が代わりに働きだした頃、

ちなみに家事はわたしの担当。当時小学4年生です。
食費が充分でないので、元々大食漢の父には足りないからと母がお腹が空いたのを我慢してまで自分の分をあげていたのに「お前のせいで太った」とダイエット用のクッキーなどを購入したときですね。

だんだん痩せ細っていく母を見ていたので、初めて父に怒りが湧きました。

父を好きだと言えない理由については、エピソードを上げるとキリがありませんが、

その後はわたしがインフルエンザで寝込んで、偶然夜中に目を覚ましたときに、「もっとおれを愛してくれよ!」という父の怒鳴り声「あの子今インフルエンザやねんで!」という母の悲痛な叫びを聞き、
ああ、自分は父に愛されていないのだな、と感じたことと
働くのも一切やめた父が「お前のせいで寝られへんねん」と母に言って、家に帰らず車で寝泊まりするようになり、
「最近見かけないなー」と思っていたら一人でタイやカンボジアに旅行に行っていて、「この人なんでわたしたちがみんなで節約生活してるのに一人で海外旅行に行ってるんだろ」

と思った話で今回は終わりとさせていただきます。

次回父の話をするときは、父がうつ病と診断されてからの話となります。

病前までのわたしの「諦めて生きる」という非常に消極的な考え方を形成した最初の段階になりますので、「生きるの疲れたな」とか「死にたいな」とお考えの方には読んでいただきたいかもしれません。

更新次第、ツイッターにてお知らせさせていただきますね。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

感想などいただければ幸いに存じます。

次話、更新致しました→https://harukams-medicalbeauty.com/father2/

タイトルとURLをコピーしました