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【漫画みたいな実話の卒業メッセージ】その努力や後悔は報われるかも

気ままライフ

話したいことがたくさんある。

ダークな話やブラックな話がたくさんある。

けれど素敵なお話を読んだついでに少し、センチメンタルで穢れのない思い出話を聞いてほしいと思う。

弱小剣道部で過ごした高校時代

わたしは高校時代、剣道部に所属していた。

当然ながらわたしの家はその頃も相変わらず貧乏だったから、選択授業に「剣道」があった時代の備品として放置されていた防具を学校から借りて、小学生の頃から貯金してきた(そして途中からもらえなくなった)お小遣いで竹刀を買って、なんとか部活についていった。

体が弱いから運動部に入りたい

「部活についていく」というのは妙な表現だけれど、わたしは極度の運動音痴だ。そして喘息もちだ。

小学生の頃から

  • マラソン大会は完走できないか、放課後まで走ってようやくゴールする
  • 運動会の練習は本気を出すと保健室に運ばれて放課後まで寝込んでいる

と、今の病気をする前から体が弱かった。

走りが遅いし、本気で走れば喘息を出す。

唯一できたのは「武道」というか、走る必要のない競技だけで、特に少林寺拳法は家の都合でやめさせられるまで習っていた。

「痴漢に遭っても撃退できるように」という、まともな頃の父親の教育方針だった。

高校の部活には合気道か剣道があった。

少林寺と合気道が混ざりそうで嫌だなと思ったわたしは剣道を選んだ。

予想より「走る競技」に部長から「やめろ」と言われ続けた

ところが剣道は、わたしの予想より遥かに「走る競技」だった。

踏み込みはスピード命だし、打った後は「残心」といって敵の攻撃が当たらない位置まで走り抜けなければならない。

足さばきも特有で、素振りとすり足の練習ならすり足の練習のほうが多かったように思う。

「足も遅いし喘息もあるならやめたほうがいい」とは、入部早々から初めて竹刀を持った7月頃まで言われ続けた。

とうとう待ち望んだ初心者が…でも

初心者(高校から剣道を始める人)はほぼいなかった。

のちに後輩として2人ほど入ってきたけれど、ひとりはやめている。

中学から剣道部だったか、道場に通っていた人ばかりが所属していた部活だった。

わたしの代は、部長と、今のわたしの旦那である副部長とわたしと、マネージャーがひとりの計4人。

そこへ下の代に、経験者2人と初心者1人が入ってきた。

初心者は部活についていけず、退部した。

今でも同じ初心者の彼の気持ちを尊重できなかったことを悔しく思う。

そしてついに、部活を揺るがす事件が起きた。

部活方針の違いに「ついていけない」続出

1つ下の代の経験者には、めちゃくちゃ強い男子がいた。

ただ、その頃の部活は

  • 部長:女子
  • 副部長:男子
  • わたし:女子
  • 1つ上:女子のみ
  • 1つ下:女子と男子

圧倒的に女子が多かった。

また顧問も女性へと変わり、せっかく他校から練習試合の提案をもらっても「その日私休みだし」と断ることが多く、まともな練習ができていなかった。

旦那(副部長)はサボり癖があるからなんでもいいものの、他校や大人の高段者相手に戦うと本気を出すので強い。

1つ下の彼は言わずもがな、めっちゃ強い。副部長に並ぶか、勝つか。

わたしはそろそろ、背の低い部長相手にならリーチがあるので勝てるようになってきた(1つ下の女子には負ける)

そんな状況で、1つ下の彼は部長が取り仕切る練習内容の甘さを指摘した。

すると彼は部活で浮くようになった。

そこへ1つ下の女子が、「彼が続けるなら私はやめる」と部長に言った。

彼のもともとの性格のキツさ、というよりも剣道に対する一途さが怖かったらしい。

部長は、女子を守るほうへ動いた。

わたし個人は「彼」と仲が良かった

人と人とを結びつけるのは、部活じゃなくてもいい。

わたしは高校2年くらいから数学が大好きになり、文系でも数学好きの彼とは特にウマが合った。

その年のセンター問題(今の共通テスト)の解法や、フェルマーやらラプラスの悪魔やら、数学の話で盛り上がっては数学嫌いの部長に「やめろ」と叫ばれるのがオチだった。

わたしは彼が好きだった。

恋愛としてではなく、人間として。

趣味の合う仲間として。

後輩として。

部活で浮き始め、先輩やなんだかんだ1番気の強い部長からも「やめろ」と圧力をかけられ始めた彼を、守りたかった。

喧嘩で無言に「ドーナツ食べない?」でドン引きされた

その日の練習内容はよく覚えていないけれど、彼と部長が大声の怒鳴り合いになって帰りの駅まで無言だったことは覚えている。

うちの高校は部活ごとの集団下校制だったので、どんなに喧嘩しても個人でバラバラに帰ることはできなかった。

ものすごい気まずい沈黙と、仲良くしてほしい一心で、わたしは「ドーナツの引替券あるから、みんなで行こう?」と誘った。

引替券はもらいもので、バイト先の同列グループが運営するチェーン店の新作ドーナツが食べられるというもの。

たしか今の季節かな、さつまいもドーナツだったと思う。

ちょうどお店も近くにあったし期限も近いし…ということで半ば以上強引に連れて行って、部長と彼を対面で座らせた。

部長には席順で文句を言われたけれど、2人に仲良くしてもらうのがわたしの狙いだったんだからしかたない。

結局引替券は店舗限定で使えず、せっかくだしおごりでいいやと思って買っていったのだけど、

食べる間も終始無言。

途中からわたしと彼とは数学談義をしたけれど、部長やもともと口数の少ない副部長はずっと黙っていた。

部長からはあとからめちゃくちゃ文句を言われたし「あの状況で普通あんなこと言う?」とドン引きされたけれど、まあしかたない。

でもドーナツで仲良し作戦は失敗した。

……そう思っていた。

彼は耐えかねて退部、辞めさせて笑顔の2人に「こいつら異常だ」

その後わたしが何をしても部長の意思は覆らず、ある日の昼休みに彼は退部することになった。

顧問も部活の空気を乱す彼をやめさせたがっていて、もうわたしにはどうしようもなかった。

けれどわたしは真剣に剣道をする彼が好きだったし、真剣に剣道をしていたかった。

少なくとも副部長に恋して盲目になった部長とよりは、彼と剣道をしていたかった。

その日の5限目は物理だった。

彼がやめることにショックを受けたわたしは、始業のチャイムを無視して女子トイレでめちゃくちゃ泣いた。

「しかたなかったよ」という顧問の慰めも、言うことを聞かない彼をやめさせたかった自分への自己弁護にしか聞こえなかった。

授業が始まってから30分ほど経って、わたしはようやく教室に戻った。

剣道場から裸足で、泣き腫らした顔を隠さず戻ると、そこには平然と授業を受けている副部長がいた。

物理の先生は普段のわたしの授業への取り組みを知っていたので(休み時間に走り回って先生に質問しに行くとか)、「遅かったね」としか言わなかった。

その日の部活を淡々と終え、帰路に着く。

部長も副部長も笑っていた。

今でも忘れられない。

歩道橋の階段を登りながら、部員をひとり「部活の方針としては厳しすぎるから」とかいう建前と「あいつに仕切られるのが嫌、性格が合わない」っていう本音で辞めさせたにも関わらず笑顔で会話している2人が心底理解できなかった。

「こいつらとはちがう世界に住んでいるんだろうな」と漠然と思った。

(その副部長がなぜ今わたしの旦那なのかは、わたしもさっぱりわからない)

悔恨の卒業式が記憶に残る卒業式に

ずっと悔やんでいた。

なぜわたしは彼の味方になれなかったのか。

彼がやめるならわたしもやめると言えなかったのか。

どうして彼を守れなかったのか。

受験勉強の合間にもずっと後悔に襲われる日々だった。

剣道部をやめても約束を果たした彼

彼は剣道部をやめたあと生徒会に入り、生徒会長になった。

剣道に真剣な以外は気さくで友人も多い彼は、けっこうな人気だったように思う。

なにせ生徒会行事が多い学校だったのでとても忙しそうにしていて、見かけても挨拶をすることはなかったけれど、1つ約束を果たしてくれた。

「一緒に文集に載ろう」

数学は好きでも頭は文系なわたしと彼が、部活の休憩時間にふざけてした約束。

読書感想文、作文、創作、なんでもありな夏休みの作文課題で、うちの学校は高評価なものを学校文集として本にしていた。

約束した翌年、わたしの作文は文集に載った。

そして彼の創作物語も、文集に載った。

彼が約束を覚えていたのかはわからないけれど、でも約束を果たせたことと、果たしてくれたことが嬉しかった。

既存の原稿完全無視、型破りな彼の答辞

卒業式の季節も、彼は生徒会長だった。

例年通りに滞りなく進む、ありがちな言葉を送り送られ、後悔を抱えたまま迎えるはずだった卒業式。

でも彼の在校生代表の答辞は、途中で中断された。

彼は卒業生の顔をひとりひとり見ていた。

それに気づいたとき、わたしは「探してるんだ、わたしを」と思った。

自意識過剰かもしれないけれど、わたしの直感はそう告げた。

あまりにも沈黙が長く、教頭先生も戸惑い「それでは…」と声をかけると、彼は慌てて答辞を再開した。

彼と目が合うことはなかったけれど、続けられた言葉はこうだった。

 

「喧嘩したときにミスドに連れて行ってくれた先輩の優しさを、僕は忘れません」

 

涙があふれてきて、袴姿なのを忘れて崩れ落ちた。

 

これさ、たぶん、わたしじゃないかな。

 

生徒会で喧嘩するようなことがあって、そのときに先輩が「ドーナツ食べよ?」って言った可能性はなきにしもあらずだけれど、

でも喧嘩したときにミスドに連れていく酔狂な人間が数多く、同じ高校の同学年に集中して存在するかな?

しかも彼の周りに。

「誰かミスドに連れて行った?」と周りは笑っていたけれど、わたしはこのひと言で救われた。

 

守ってあげられなかった。

ずっと後悔していた。

道場があるとはいえ、彼から剣道の場をひとつ奪ってしまったことを。

彼の居場所をひとつ潰してしまったことを。

彼の学校生活半年をムダにしてしまったことを。

 

でもそっか。楽しいこともあったよね。

みんなでご飯食べに行ったよね。

みんなで宿題したよね。

ドーナツも食べたね。

全部が全部、ムダじゃなかった。

努力と後悔の結果はあとになってわかる(かもしれない)

「わたしの人生に後悔はない」と言ってきたけれど、最近になって「これ後悔かもしれないな」ってことが増えてきた。

1番は「中退していなければ」

求人を見ていると最低条件が「大卒」で、転部してでも卒業しておけばよかったかもしれないと思う。

ただ京大の融通が利かないところが嫌いなのも事実で、中退していなくても卒業期限には間に合わなかったと思うし、結果的に中退した選択は間違っていないと思う。

たまにちょっと「中退していなければ」と思うだけ。

あとは人間関係だけど、そこはもはやどうしようもない。

 

彼の進学した大学は知っているけれど、再会はしていない。

きれいな思い出はきれいなままでいいか、と思ってる。

高校在学中はあれほど悩んで悔やんで努力が足りなかったんじゃないかと後悔ばかりしていたのに、今はとてもすっきりしている。

わたしの気持ちは、少しは彼に届いていたっぽいって思える。

そのときだけだと失望や後悔ばかりなことが、時間が経つだけで違う結果に見えることもあるんだなって。

ムダな努力だと思っていたものは届いていたっぽいし。

 

これはとっても漫画みたいな、本当の話。

ムダな努力も後悔も、届く人には届いてるかもねっていう、ちょっとした希望の話。

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まぁるいせかい管理人
はるか

考察家。作家。開発者。多発性硬化症+希少難病+先天性心臓奇形などをもつ障害者。病歴や薬歴は多すぎるので管理者情報参照。今までにないものを創るお仕事。京大医学部を病気により中退。ケアストレスカウンセラー、保育士などの資格をもつ。

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