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「愛とは受容体の問題だ」被虐待児が贈る「愛を知る難しさを克服するまで愛を配りたい」

考察
「あんたはいっぱい愛されて育ったんよ」

最近繰り返されるその言葉に頷くことはできず、ただ暴力の記憶がほとんどの中でこれまで生きてきた。

でも今、気づいたことがあって、それを伝えたいと思う。

「愛」とは抗原抗体とか、シナプスとか伝達物質の話ではなく「受容体」の問題だ

そう思ったぼくの話を、聞いてほしい。

愛とは何か

愛とはなんだろう?

そう思ったときにぼくの脳内に浮かんでくるのは、ハートマーク。

でも現実に、愛は見えない

どれだけ「アイシテル」の言葉を口にしたところで、音は霧散して消えていく

それを儚く風流だと捉えることもあれば、消えゆくものに依存するなと叱責されることもあって、そして何より、消えたときには切ない。

 

好きだと言われていた人から言われなくなったときの、失恋の痛み
愛してると言われていた人から言われなくなったときの、寂寥の苦しみ

 

ほとんどの人が経験しているのではないだろうか。

理解できなかった「母の愛」

ぼくはGReeeeNの「遥か」という曲が好きだった。

でも途中で出てくる「母の愛」という歌詞の意味が、その重みが理解できなかった。

なぜならぼくは、母に思い入れがない

このサイトの別のページも見てくれている人なら知っているかもしれないが、ぼくは産みの親より育ての親の方が好きだし大切だ。

それは今でも変わらない。

ただ最近、産みの母と話す機会が増えて知った。

 

確かにぼくは、愛されていた

 

母子手帳の記録。街ゆく幼児を眺めては「はるもあの歳の頃は…」と語り出す母。その表情。

 

ぼくはきっと、愛されていた。愛されている。

 

ならそれを受け容れられなかったのは、受け容れられないのはなぜだろう?

 

そしてぼくは、ぼくの好きな人からの愛情は無条件に受け容れられていることに気がついた。

愛の受容

愛とは形のないもので、見えなくて、だけどきっとしっかりと存在するもので。

そして恐らく、相互のものだ。

なぜならぼくが産みの母からの、父からの愛情を受け取っていないから。

歪んだ形で受け取って、「どうせ裏があるんだろう」としか思っていなかったから。

数学的には証明が弱いけれど、これは考察の1つとして読んでほしい

何度も叩かれて蹴られて罵声を浴びせられて、罵り合う喧嘩を毎晩聞かされる中で、実の両親への尊敬なんてものは消え失せた。

「愛を受け取るキャパシティ」なるものが存在して、それを容器にたとえるのなら、

こんな言葉をかけてくれたいとこや、育ての親に対する容器は浴槽のような大きさで、実の両親に対する容器はない。

つまり、実の親がどれだけ愛情をもって接してくれていたところで、受け取るこちら側の心に愛情を受け取る容器がなければまったくの無意味だということ。

愛とは与えるものではなく、存在する中から自分で汲み取るものだ

それは酒を手酌するように、自分で満たしていくものなのだろう。

愛を汲み取る

「自分は愛されなかった」
「愛されない人間なんだ」
「愛される資格がないんだ」

そんな風に考えて、愛情を信じずにいる人もいると思う。

実際自分も、婚約者に出会わなければ「そっち側」の人間だっただろう。

 

でも、ぼくは愛を知った。

難病で障害者で薬なしでは動けないぼくと一生を過ごしたいと言ってくれる人を見つけた。

そして、病気に関わらず接してくれるいとこの存在に気づけた。

さらに、ぼくにとっては嫌な記憶でしかない実の親からの愛情にも気づけた。

 

人数は少ない。けれど、確実にいる。確実にある。

 

わたしの心の中にあるのは、そうした人たちから汲み取った愛情だ。

注がれているだけでは、そのときには、気づけなかった愛情だ。

 

「愛」とは与えるだけのものでもなく、求めるだけのものでもなく、存在を信じて受け容れようとする気持ちから始まるものだ

 

そう、ぼくは考える。

愛を信じる

正直「愛されたことがない」という人が「愛を知って愛を受け容れる」という過程には並々ならぬ努力が必要だと思う。

だって「愛がわからないから」

わからないものを信じる。それはとても難しい。

たとえば幽霊の存在を信じろとか、ブラックホールのワームホール理論を信じろとか、それくらい難しい。

ワームホール理論:宇宙のブラックホールで吸い込まれた物質は吐き出す用のブラックホールから出てくるように、ブラックホール同士がつながっているんじゃないか?という理論(だいぶ簡略化してるので「違うよ!」って指摘はしないでね、凹むから)

見たことのないもの、存在するかわからないものを信じるには、とても勇気がいる。

ぼくはその存在を教えてくれた人がいたから信じられた。

ただその存在を教えてくれる人が身近にいなければ、やはりとても難しい。

愛を教える

だからぼくは、愛を教えようと思う。

教えるなんて上から目線はおこがましいな。

でも知ってほしいと思う。

身近に教えてくれる人がいないのなら、ぼくがその人になりたいと思う。

残念ながら恋愛的要素を持った愛ではないけれど、それでも良ければ。

ぼくから愛を汲み取ってほしい
愛されて良いんだと知ってほしい
愛されているんだと知ってほしい

 

ただ突っ立っているだけで無償の愛がもらえる時代は、残念ながら過ぎてしまった。

だから積極的に、愛を取りにいかないといけない。

けれど、行けばいつでも愛にあふれているような。

そんな場所に、ぼくはなりたい。

愛されてこなかった人が愛を信じるのはとても難しい。

けれど信じさえすれば、愛されるし愛せる。

信じられないうちはぼくを使ってほしい。

いつか愛を知るその日まで。

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まぁるいせかい管理人
haruka(はるか)

多発性硬化症+名前も研究中の希少難病などを併発した20↑歳女子。
病歴や薬歴は多すぎるので詳細プロフは管理者情報を見てね♡
画像は「病人・障害者でもおしゃれしていいじゃん」の意味

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