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「死にたい」から救うものってなんだろう

考察

はじめに

今思っていることを綴ります。長くなるかもですけど、今日のわたしにはペンを握る手も、もうなくて、朝から記録し続けた左手が痛いので、もう左手キーボードで公開にするのをお許しください。

ただ、これもひとつの答えなのかなと感じています。

テーマ:「生きる価値について」

 

死にたいを救うものはなんだろう

考え始めた経緯

今日は、机の上に書きかけのルーズリーフとペンを出していた(そしてちょっと同室さんへの不満を書いていた…)ので、看護助手さんに

これ何?

ときかれ、

日記です、以前リハビリ病院に入院したときのPT、OTの記録を付けていたら、その延長で日記に…

と答えました。

ルーズリーフでの記録は何時単位で付けていて、量も多く、去年8月からでもうバインダー3つ目になります。
harukaのゴミ箱カテゴリにあるうつの記録も、手が動くときはそっちで付けていたんですよ。

記録中毒(以前のような記憶力をなくした反動と、急性期の記憶がすっぽり抜けたことが怖くて、忘れてもいいように記録するようになりました)もありますが、

落ちたときって何かに吐き出さないと自分が壊れる気がして

 

その頃わたしはTwitterはリアル鍵垢で、弱音を吐いたら心配されて、そんな心配されたくなくて安い同情なんて欲しくなくて

だって首から下の自由を失ったつらさなんて誰にもわからないだろ?
見た目にはあるんだからさ。

というかなりやさぐれた状況で、まだこうしてサイトを作ったりもしていなかったので、ルーズリーフにリハビリがてら書く、ということをしていました。

 

死にたいから救うものはなんだろう

でもね、こうしてTwitterもサイトも始めて、日々いろんな思いに触れて、わたしは自分の間違いを感じました。

悲しむ人がいるから生きる、それはとてもつらいことだ
人のために生きる、それはとても苦しいことだ

そう考え直しました。

 

あのページは元々、他人に平気で「死ね」と言う人間が議員になれることや、いじめ主犯の親が「死ねなんて日常用語」と子供を庇った事件を受けて、その苛立ちで書いたものですが…

 

自分のために生きる、そのためにはきっと生きる意味が必要で、生きる目的が必要

だから人は

苦しいときにこそ生きる意味を求める

んじゃないだろうか。

以前こんなものを書き→https://harukams-medicalbeauty.com/ikirukati/

そして賛同のご意見もありがたいことに多数いただきましたが、

今はこう思うのです。

 

自分のために生きるからこその人生であり、あなたの人生は人を悲しませないためにあるんじゃない
わたしは動画でも、「生きる意味がないと思うなら、最終わたしのために生きてください」とお願いしてきました。
でもちがうなと。
他人のためになんて生きる必要はない。
それでも自死を選ぶという方には最終、喧嘩腰で「わたしのために生きやがれわたしは悲しいんだよ!」くらいの勢いで突っかかり、本当に喧嘩になることもありますが
それでもわたしを恨みながらでも生きていてくれるなら、そして生きた中で少しでも良いこと、素敵なことに出会えたなら、それはわたしとしては本望で、生きて良かった(ただしあいつは許さん(# ゚Д゚))でも嬉しい限りですが(^_^;)
だからわたしは、苦しみを減らすお手伝い、というよりも、
自分のために生きるお手伝い
生きる楽しみを見つけられるお手伝い
ができたらな、と思います。
だってこの人生は、勝手に与えられたものだけれど、それでも、
苦しむためにあるものじゃないと思いたいから。
わたしが今考えていることは以上です。お付き合いありがとうございました。
よろしければ、またご意見などいただけますと幸いです。
PS.この内容は後日動画としてアップロード予定です。重複すみません。

 

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まぁるいせかい管理人
haruka(はるか)

多発性硬化症+名前も研究中の希少難病などを併発した23歳女子。京大医学部中退。仕事は小説家とライターとカウンセラーと極秘。
今の夢はお嫁さんと福祉用具開発プロジェクトの成功☆
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