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2度目の休学中にやったこと|1年前に書いていた+現在の補足

気ままライフ

このページはちょうど1年前の2020年2月4日に最終下書きしていたものです。

せっかく書いていたようなので、1年は経ちましたが補足もしつつ公開しようと思います。

序文

まさか「休学中にやったこと」に続編があるとは思ってもみなかった復学時。

それでも病気になってしまったものは仕方がないし、この病気は先が読めないので休学に続編があっても仕方がないのでしょう。

さあ今回も、休学中にやり遂げたことを書きたいのですが、休学中に変わったことの方が多い気がしています。

休学中にやり遂げたこと

休学中にやり遂げたことといって特に思い浮かばないわたしは何でしょう。

以前の休学時と違って、もう退学する気満々だったからかもしれません。

やり遂げたのはひとつ。

資格を取りカウンセラーになりました。

あとは整備です。

minne、ラクマ、メルカリ…プロフィールを編集しました。

まだ自助具製品の販売には至っていませんが、一歩前進ということで。

そしてYouTubeで炎上したことは、もう書きません笑
2021/05/21現在、上記アプリはすべて退会しています

 

休学中に変わったこと

休学中に変わったことがたくさんある気がしていて、たとえば

専属ライター契約が1社破棄されたものの、それ以来スカウトを大量にいただくようになったこと

ですかね。

おかげさまで好きなものだけを選んで書くという生活をさせていただいております。

2021年2月4日現在は違います

 

そして推しアーティストの変更。

どうでもいいですね、今はamazarashiにハマっています笑

現在はYOASOBIです笑

 

さらに結婚時期の変更。

「大学卒業とともに」とTwitterで話していたのですが、相手方に挨拶する予定の日にわたしが薬で昏睡し、その日も含めた数日間目覚めなかったなどの理由で遠のいています。

 

あとは親との関係の変化。

親を殺し親に殺され(精神的に)、病院の先生に加えて他大学の教授にアポを取り相談やら何とかやらで放浪し…

現在は違います

 

休学中にできなくなったこと

今回の休学中で目立ったのはやはり病気のことかなと思っています。

特に「できなくなったこと」が異様に多いかなと。

1年に再発5回というペースは、やはり医療界にいても「知識としても」異常なんですよね。

MS:多発性硬化症という病気を多少知っている先輩にはこの酷さが伝わっています。

逆にそれ以外には伝わっていないというのが悲しいですが(-_-;)

 

これを書いている現在、そろそろプレドニンの使用限界です。

現在は10mg減りましたが、その分点滴と他の免疫抑制剤が増えました

 

右脚が全廃しました。

片脚の全廃:体重を脚1本で支えられない、脚としての機能を果たさないという基準

 

右足首が垂れ下がるので、トレーニングバンドを捻挫テーピングのように巻いていないと自分の足で躓きます。

右腕の硬直痙攣が酷くなりました。

薬が効いているとまだパソコンは打てる程度ですが、薬が効かないと大惨事だし痛いです。

心臓発作で目覚めることが増えました。

免疫抑制剤を使っているのに免疫は高く、肝機能が下がりました。

これでは免疫を抑える前に肝臓が終わります。

 

そして精神面では、

希死念慮はマシになったもののリストカットが酷くなり、腕一面に傷が付きました。

外で働きたいので、今は我慢して治るのを待っています(^_^;)
その脚で?とは自分でも思っているので、この脚でできそうな仕事を慎重に探しています…
現在は脚どころではありませんが、外で働きたい気持ちは変わりません。読書も哲学も好きですが、スポーツが1番好きでした…

 

あとこれが1番かな。

母を殺しました。とは母との関係に書いたのですが、実はあの前、殺す予定だった母に先に殺されました。

やられる前にやれとはこのことですね。

 

最後に

やり遂げたことにもう1つ書く予定でした。

ただそちらは行政処理やらわたしの技術やらが多少複雑に絡んでいて書けませんでした。

今後は街頭でのトーク(と少し歌?)ライブにて多発性硬化症を普及していこうかと考えています。

路上ライブが夢だったのですが「お前音域は広いけど、そんな歌うまくないよ」と言われ凹んでいます笑

 

2021年現在

以上まで、補足以外は1年前に書いていたものです。

この1年でとても変わったなあ、特に症状の悪化のスピードが変わったなあと感じています。

退院直後に多発性硬化症の名称普及のために執筆した「病んでる彼女」は患者会でも取り上げていただいたので、経験談を元にしたハッピーエンドとなっていますが、

今書くとしたらこの程度の軽い症状でエンディングは迎えられなかったでしょう。

 

この1年の間に言われた「抗神経抗体症候群」の精密検査はもう1年も待っているのにできておらず、「あと1年はできないだろうね」と製薬会社の友人に言われてしまいました。

 

4月に日本での審査通過予定だった抗CD20抗体についてもコロナで審査が遅れている状況で、医療チャンネルで「審査早まりそう!」と喜び動画を流した後に流れてきたコロナが心底恨めしいです。

 

もともとうちの家族関係の変化は凄まじいですが、上の「母を精神的に殺しました」も衝撃的ですよね。

これはいずれ大学と闘った記録を書くうえで必須になるので別に書く予定です。

 

今思えば、企業様との提携もこの時期が開始だったんですね。

確かに商談会にひとりで乗り込んで行ったのを覚えています。

脚が全廃する直前の秋のことでした。

 

そんなこんなで、退学する直前の2回めの休学の記録を終えます。

 

この1年は血漿交換中に呼吸困難に全身痙攣で入院して毎晩ベッドが血まみれになる大惨事でしたが、あんなことはもう2度とないよう祈りながら、

そしてみなさまの無事を祈念しながら、

 

今年は開発業と執筆に専念していきたいです。

YouTubeでも「できるときだけでいいので更新を」とありがたいお声もいただけたので、悪夢にうなされる最近ですが、できるだけスローペースな生活を心がけたいと思います。

 

みなさまどうぞ宜しくお願いいたします。

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