「自分には先入観はない」というひとは、「自分には先入観はない」という先入観をもっているのでしょう。
今回わたしにぶつけられた先入観のある言葉は「文章送るだけの仕事なんか、入院中にもできて良いなあ」というものです。
この言葉にわたしは大変傷ついたので、こうして記録しておきます。
奇特である
まず、病院にパソコンを持ち込む人間は稀です。
ましてや患者ともなれば、デイルームでパソコン作業している人間なんてほぼいないでしょう。
なので、お年寄りの中で二十歳そこそこの女子がパソコンをしていれば、奇妙な視線を浴びます。
デイルームに行くなよと思うかもしれませんが、電話できるのがそこしかないのでそこで、お年寄りの中で作業するしかないんです。
それを踏まえて続きを読んでください。
「入院中にもできて良い」のおかしさ
「入院中にもできて良い仕事」、裏を返せば「入院中にもしなければならない仕事」は本当に良い仕事でしょうか?
わたしはそうは思いません。
現にわたしの難病を理解してくれている大変親切な雇用主は「入院中は仕事休み」との措置を取ってくれます。
「入院中にもお金が稼げて良い」と繰り返し言われましたが、「入院中にもお金を稼がないといけない状況」は本当に良いものでしょうか?
わたしはそうは思いません。
一生懸命こなした仕事が1日の食事代をもまかなえない現実に、ただ打ちひしがれるばかりです。
本心はお金の心配などなく充分に休養したいと思っています。
パソコンやスマホでできる仕事は、「入院中にもできて良い仕事」ではありません。
「文章送るだけの仕事」のおかしさ
一般に小説家やライターは夢に崩れて流された人間が最後に行き着く職だと言われているそうです。
中学生の頃から小説を書いていたわたしには小説家は夢のような職業なのですが、世間ではそう言われるようです。
ところでデジタル化が進む現代においては、小説原稿もライター原稿もすべて「パソコン・スマホで書き提出」するものです。
つまりこの「文章送るだけの仕事で良い」というのは「パソコンのキーを打つだけの仕事」で「楽で良い」と思われているということになります。
さて、ここで問題です。
「運送業は体力的に大変でライター業は頭を使うところが大変」という答えもあるかなと予想しているのですが、実際運送業でも頭は使うしライター業でも体力はいります。
わたしもMS:多発性硬化症と診断されてから、それでも歩けるときには日雇いバイトで運送業の一部を体験したことがあります。
鉄板の入った安全靴を履いて組み立て式コタツを届け先別に並べたり、クーラー便を作るために冷凍コンテナに何キロもある保冷剤を何十個と詰め込んだり、体温が高くなると急激に脱力するので荷物を落として怒られて9時間ぶっ通しでただコンテナをベルトコンベアに乗せる作業をしたり…。
この作業を何時までに終わらせて、次を何時間すれば何時になるから、そしたら次の荷物が届いて…と、かなりの頭を使います。
心身ともに、とても大変でした。
ただこれは、わたしが「自由に歩けて自由に腕を動かせたとき」の「大変」です。
この意味がわかりますかね?
病気ではあっても、日常生活が健常者同様に送れて、「健常者にとっての重労働」を同じように「重労働」と感じていたときの「大変」です。
対して、今はどうでしょう。
この意味、わかりますよね?
脚は動かないので車椅子に乗っています。
でも、動かない腕、手、指先でパソコン仕事をするって、並大抵の労力じゃできないんですよ。
音声入力でならできると言われはしますが、音声入力だと思う変換は出てこないし変な空白が生まれるのでライター業では修正対象、それにわたしは口の麻痺も抱えているのであまり滑舌が良くありません。
さらに大元を言えば、
ライターなのにキーボードを叩けないんです。毎日絶望的ですよ。
今日は調子が比較的良いので右手も動いていますが、たいてい左手で入力しています。
キーを目で見つけても指を置くだけ、
手足口に麻痺を抱える人間にとっては、入院中にもできるようなパソコンでの仕事は充分に「大変」「重労働」です。
今回は運送業とライター業を比較しましたが、他にも「医者が命を預かる分世界一大変で偉い職業だ」という人間に「パイロットは医者以上に一度に大量の命を預かるから一概に医者が一番偉いと言うのはどうなのか」と医学生を叱ったこともあります。
仕事の大変さなんて、本人にしかわかりません。
小説家としての復活
わたしは1度小説家をやめています。
理由は盗作。
2年前のMS診断時、9割ほど完成させていた恋愛小説をパクリ、シーンごとに分割してつなぎ合わせてテキトーにオチを付けて終わらせた作品がコンテストで優秀賞を取り、その方が小説家としてデビューしたからです。
小説家になりたかった夢を病気で執筆から離れている間に取られた悔しさもさることながら、1番は「自分の持ちうる知識をすべて動員して書いていた小説を奪われ、雑な編集で壊された悔しさ」でしばらく執筆ができませんでした。
しかし続きを望むたくさんのご声援をいただき、ただの恋愛に終わらせたくなかった自分の意図を理解してくださる読者様からのご感想をいただき、また理系の世界でのジョークも混ぜていたことから「自分の知らない世界を教えてくれた」という本当にありがたいお声までいただき、ようやく1作目を完結させ2作目にも取り組むことができました。
2作目は現在執筆中です。
ただやはり障害となるのはこの腕です。
盗作騒動を越えて、自分の腕の調子をなんとか見ながら、うつが酷く開けない日もあるからとパソコンを常に電源ONでドキュメントを開いた状態で枕元に置いて、毎日起きたら開くことをルールとしている中でそれでも、
「パソコン=楽」の図式は、あまりにつらすぎました。
結論
仕事の良し悪しは、その人の体調、気持ちになどによって基準自体がさまざまです。
他人に軽い気持ちで「良いな」と言われると、本人は褒めたつもりでも傷つくことだってあります。
特に入院患者にとっては、入院するなんらかの理由があるはずです。
わたしのような「見かけではどこも悪くなさそう」と他の患者さんに言われてばかりの人間でも神経難病と心臓疾患と精神疾患とその他諸々を抱えていることだってあります。
安易に決めつけないこと、自分の価値観を押し付けないことが大切だと思います。
PS.わたしがHSPだったり解離で人格がもう1つあるとわかった衝撃だったりを書きたかったのにな。