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もののけ姫のもつ思想内容について論じてみた

考察

もののけ姫は「人間―自然」間と「人間―人間」間の共生をテーマとしている。

冒頭で自然と共生する縄文時代的な文化を表すアシタカが集落を出るが、この部族が廃れることから、これは自然を畏れる神話的世界の崩壊を示している。

アシタカが出会うサンは蘇生力の強いシシ神の照葉樹林を守る山犬神モロに捧げられた生贄だが、山犬として生きる人間の少女で、自然に対する畏れをもっていた。

一方でアシタカがタタラ場で出会うエボシは自然を畏れず破壊し、川下の農民や男を蔑ろにするが、女や病人は大切にしていた。

エボシは自然への畏れが薄れ自然を支配するという考え方が生まれた室町時代を象徴する人物であるが、差別を生む人間から被差別者を匿う集落を作り上げた人物でもある。

「もののけ姫」の悲劇は人の手が加えられていない自然そのものの聖なる土地

と、

元遊女や感染症患者といった世俗と縁の切れた人間がのびのびと暮らせるという意味での聖なる土地

言い換えれば、

本来からの「根源としての聖地」

差別をなくしたいと願う人の作った「人為的聖地」

が衝突してしまった点にある。

 

自然の聖地を守ろうとするサンと人間の平等のための聖地を守ろうとするエボシに挟まれて、アシタカは「サンは森、自分はタタラ場に住み、サンと共に生きる」という決断をする。

それは人間の平等を成しえるための努力をしながらも自然を畏れ敬う決断である。

 

またシシ神は生命の生死を司る神であるが、サンとアシタカが、エボシが打ち抜いて取ったシシ神の頭を返しても、森は浅い山になるだけで木々の深々と生い茂った山には完全には復活しない。

これは一度破壊されてしまった自然は完全には元に戻らないことを表しており、人間の罪を窺わせるものになっている。

 

参考:https://twitter.com/ajase21

近角常観著「信仰の余瀝」

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