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親子関係に悩む人へ/わたしと母との関係(入院事件簿vol.3)

闘病記録(入院記録)
この記事は約4分で読めます。

嫌いじゃなかった。むしろ好きだった。感謝も尊敬も、今でもしている。それでもやっぱり、心の奥には、母に怯えるわたしがいる。

 

 

はじめに断っておきますが、母は本当に良い人で、お人好し過ぎるくらいの良い人なんです。
そして、だからこそ、人を盲信しやすいのかもしれない。

 

 

プロフィールや固定ページをご覧いただければわかるのですが、5月28日、わたしは半身不随で緊急入院し、翌日には全身不随まで症状が進行しました。

 

多発性硬化症という病気は、脳のどこに炎症が起こるかで症状は様々ですが、わたしはちょうど、右半身の感覚神経、運動神経が束になる部分に炎症が起きたため、

  • 痛みがわからない
  • 温度がわからない
  • 動かせない

という状態になりました。

 

わたしは病気の知識があったので、まだ楽観的でした。(その辺りの話はこちら→https://harukams-medicalbeauty.com/kankai/ )

 

 

ただ母はそんなこと知らないので、すごく心配して、毎日仕事終わりに病院に来てくれました。

 

そして毎日、動けないわたしの体の清拭をしたり…。

 

でも流石に、20も越えてますから、いきなり下着まで脱がされて全身を拭かれるのにも、すごく抵抗があって。

ただわたしは、病気にかかる前は、あまり自分のことを話すタイプではなかったので、違和感を覚えながらも黙っていました。

 

後々聞くと、わたしが動かなくなったことで、「自分がいなくちゃ、やってあげなくちゃ」と、わたしが3歳児に戻ったように錯覚していたそうです。

 

 

そしてここから母の暴走が始まるわけです。

 

  • わたしが病気になったのは、「口が上手くて詐欺まがいのことをした先祖のツケ」だとされました。

 

  • 母が松下幸之助さんの本を読んで、感謝することを強要されました。

 

「動かない体にありがとうって言いなさい」
「痺れにありがとうって言いなさい」
「痛みにありがとうって言いなさい」

 

「感謝する人は、治るから」

 

 

これを毎日繰り返されて、それでも反論するのは我慢していました。

 

そして我慢できなくなったのが、血漿交換1日目

 

「今から行ってくる」

 

とその頃には動くようになった左手でショートメールを送ると

 

「ありがとうございます」

 

と返ってきました。

 

意味はわかります。

治療を受けられる環境に、

治療してくれる先生に、

お世話をしてくれる看護師さんに、

すべてのことに感謝します。

 

それでも、

それはわたしに送る内容じゃない。

 

 

わたしは、首に管刺されて痛みの中、これから初めての治療をすることに不安で、そんな中で、

「不安だろうけど頑張ってね」

とか

「大丈夫だからね」

って言葉がほしかった。

 

 

そしてキレました。面会謝絶しました。

 

母以外にはLINEしていたので、そのことも話すと、

「母が今日も行こうとしていたので止めた」

とのこと。

 

そして和解することもないまま、あまりに痙攣が酷く病院でも手の施しようがなかったので、一度帰宅の許可が下りました。

 

 

そのときに、自宅でまた痙攣を起こして、あの台詞を、

「痛みにありがとうって言いなさい」

という鬼のような言葉を言われて、泣きながら

 

「感謝すべき人とか、面倒見てもらえてる環境には、自分でありがとうと思ったことには感謝してる」

 

「でも、痛みにありがとうとはどうしても思えない

 

泣きながらですけど、伝えました。

 

 

感謝って、強制されるものじゃないです。

 

ましてや、

この痛みを知らない貴方が、痛みにありがとうって言いなさいとか、

もう表現を色々通り越して、無理です。

 

 

そして涙ながらに伝えると、

「ごめんね、そうだね」と謝って理解してくれたようなので、翌日からわたしは面会謝絶を解きました。

 

すると、翌日来た母は、

 

「痛みにありがとうって言いなさい」

 

と。

わたしは伝わっていなかったことに失望し、再び面会謝絶しました。

 

 

そしてこの謝絶している期間に、母はもっとやばい人に捕まっていました。

 

長くなったので次回へと回します。

次話はこちら→https://harukams-medicalbeauty.com/mother2/

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