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大学生終わります!なりたかった職業と後悔、みんなにしてほしいこと

気ままライフ

みなさまこんばんは、お加減はいかがでしょうか。

なぜ今日サイトを更新したのか、わかる方とわからない方がいらっしゃるかと思いますが、それはタイトルを見た段階でお察しいただけたかと思います。

はるか、大学やめるってよ。

今日、3月31日大学在籍期間が終了し、正式に退学となります。

そこで、今日の日記とこれまでの後悔と今後の抱負を残しておこうと思います。

今日の日記

今日は明け方から痙攣による窒息意識・記憶ともにありません

よほど痙攣が激しかったのか、血漿交換用のカテーテルに血が逆流

は毎日ですが

縫い目から血が溢れたようで、枕と枕に敷いていたすみっコぐらしのタオルが血だらけになっていました。

悲しんでいたら看護師さんに「目と口描いて新しいキャラにしちゃえば?」とご提案いただいたので、血の痕が洗い落とせなければそうしようかと思っています

そんなこんなで早朝に処置室から病室へ戻され、寝入ったところに朝ごはんで起こされ…クロワッサンをかじったところで白い巨塔こと教授回診があり、

とりあえず口に入れてしまったクロワッサンをもぐもぐしていたら

「今日2回めだね~」

みたいな主治医のニコニコ笑顔をいただきました(*^^*)

喋った内容がイマイチ思い出せないのですが、先生が笑っていたので良かったです

血漿交換も無事終わり、

血を戻すときに寒気がするのはアナフィラキシー以来なので少しビビりましたが

病室へ戻ると、このサイトからはリンクさせていない小説で

「買いました」
「何度も読み返して涙しています」
「続きはいつ出ますか?」
「お身体に無理のないように、続き待ってます」

というありがたく嬉しいメッセージが届いており、

完結させていないのにまだ死ねない

という昨日の記録と通じるものを感じました。

残念ながら現在続きの執筆がかなり困難な状況にあり、販売開始のメドも立っていないのですが、こうして応援いただけると「頑張ろう」という気になります(●´ω`●)

大学への想い

大学へ入学した頃は、こんな身体になるなんて思ってもみませんでした。

数学科を目指していたので、センター試験で髄膜炎にかかり入院する、文字が読めなくなるなどというアクシデントがなければきっと理学部を受験していたと思います。

ただ寝たきりや車椅子の生活を味わってみて、医学部へと方向転換しました。

数学は中学まで苦手でしたが高校で得意になったので、物理は苦手だったものの数学でカバーして合格できました。

燃え尽き症候群、なんて言葉もありますがわたしには無縁で、

忙しい学部で授業は全コマびっちり+部活で始発通い+バイトのかけ持ち

でも全然苦ではありませんでした。

1年の後半からは国際部というアジアの理学療法学生たちと交流する学生団体に入り、プレゼン予定だったメンバーが急遽出席した時に代わりにプレゼンをしたことで、プレゼンテーショングループの代表になりました。

その会議への出席が、わたしの最後の1人での外出でした。

なんか右半身がおかしくて、パソコン打てないから議事録お願いしたい

その夜には右半身の完全麻痺、救急車で搬送されるも追い返された話はもはやこのサイトの定番(笑)ですが、

翌日にはあまりにも汚いMRI画像から多発性硬化症との診断が下り、

これから国際部のプレゼン代表として入院中にも奮闘した話も機会があれば書こうと思いますが

ありとあらゆる治療が効かず、一度血漿交換で回復したと思えば、待っていたのは再発の嵐。

治療をしていなくて再発するのはわかりますが、治療していて1年に5回の再発って

小さいものを含めるとそれ以上

ありえないです。

1週間通学すれば1ヶ月の入院。

罹患した年に「療養優先」との試験受験資格剥奪を受けていなければ、進級できていたかもしれないのに。

内科・外科疾病論が得意だった。

試験問題に疑問を呈した子に「この問題は胃がんの深さじゃなくてタイプを訊いてるんだからこれで合ってるんだよ」と内心毒づく程度には得意だった。

ついでに性格も悪かった笑。今もか。
できた人から退出の試験だったので、提出時に監督していた教授にそのことを伝えた。
学生に疑問を抱かせるような問題は採点から外すとの措置が取られたあとだったので点数には影響しなかった。
ただ、
「きみみたいな子が医療者になれば、良い医療者になれるだろうね」
と言われた。
わたしはどんな病気の人でもその人のつらさを理解できる医療者になりたかった。

それでもわたしは患者になった。

医療者の道へ復帰するには、あまりにも身体が邪魔だった。

本当は身体を捨てたかった。

でもわたしは「身体を大事にして」と言ってくれる婚約者のために、「自分1人でなんとかしようと無理するところが嫌い」と言う婚約者に嫌われないために、要するに婚約者との道を選ぶために、

医療者へ復帰する道を捨てた。

その代わりにできたのがはるかチャンネル。脅迫が相次ぎわたしの心が潰れ自殺未遂にうつ病発症、幻覚幻聴が現れる元となった、今は亡きチャンネル。

ただ医療者への道は簡単に諦めきれなかったし、患者だからこそわかることもあるからと粘ったのが今の多発性硬化症普及・医療チャンネル

そんなときに「多発性硬化症じゃなくスティッフパーソン症候群と脳症の併発かもしれない」なんて、かなり、もう、なんていうか言葉にならない。

さっき書いた日記。右手は諦めたので利き手交換して、もう左手で書字も食事もしている。

また京大に行くことがあるのならば、次は障害者福祉関連の法案見直しということで法学部にて会いましょう。

ただね、京大でも東大でも関係なく、入試に必要なのは頭脳じゃない。

知識をアウトプットできる手や口だよ。

どちらも痙攣でままならない身、字が書けるときは大量服薬で頭がぼーっとしている身には、それがとても悔しかった。

こんなはずじゃなかった。

みんなが卒業式している中にコスプレしていってわたしは退学式をするつもりだったのに、コロナで卒業式すらなかった。

あのコスプレの衣装どうしよう。

わたしはなんで今病院で、誰とも会わないまま、卒業旅行にも行けないで、歩くことさえできないで、毎晩血が逆流してベッドが血だらけになるまで痙攣して窒息しなければならないんだろう。

って、大学生最後の日に考える。

ライター職があるので働いていることにはなるけれど、明日から働くニートになるのにやっていることは入院だと思うと、やっぱり社会人らしくはないなあと。

今わたしには選択肢があります。

ただぶっちゃけどっちも大変なので、この身体ではかなり厳しいです。

とりあえず今日は明日の心臓超音波検査と脳波検査ときたる痙攣に備えます。

以下は、わたしが数ヶ月前に書いていたものです。いい機会なのでこれも残しておきます。

それではみなさまおやすみなさい、良い睡眠、良い夢を☆

なりたかった職業と後悔|みんなにしてほしいこと

わたしにはたくさんのがありました。

保育園に通っていたときから今の今まで、たくさんやりたいことがありました。

そしてわたしの「やりたいことをして生きろ」というメッセージを強く遺したいと思います。

  • お花屋さん
  • パン屋さん
  • ケーキ屋さん
  • 執事
  • お嫁さん
  • 指揮者
  • ピアニスト
  • 画家
  • 小説家
  • ゲームのシナリオライター
  • 理学療法士
  • シンガーソングライター
  • 母親
  • エンジニア

執事は、今は考えていません。

それ以外はかなり移り変わっています。

ただ変わったと言っても、根底にあるもの

  • 素敵な家庭を築きたい
  • 音楽と離れたくない
  • 何かを生み出したい

かなぁって、そう考えています。

メッセージ

Live a life I love

いろいろなところでわたしが掲げているスローガンです。

「自分の愛する人生を生きろ」

嫌なことに直面したとき、したくないことを強要されたとき、

これをしてわたしは「立派な人生を生きた」と胸を張れるだろうか?

そう、自問自答します。

ただ、それに気づくのがもう少し早ければ良かったなぁと思うのです。

右手が動かなくなるなら、もっと好きな曲を弾いていたら良かった。
歩けなくなるなら、いじめられていたすべての時間は「パシらされる時間」じゃなく「自分が動くための時間」に使えば良かった。
わたしの場合は学校でのパシりじゃなくて家での親からのパシりだから、反抗しようもなかったのだけれど
痙攣して息も吸えなくなるくらいなら、もっと好きな曲を歌っていれば良かった。
もっともっと、いろんなものを描いて書いていれば良かった。

それでも

自分の体は、自分の体が動く時間は、すべて自分のためにある

って、早く気づいておけば良かったよ。

これが、わたしの後悔です。

後悔を振り切って|今後の抱負

今わたしはこれらの後悔を逆手に取り、

利用できるものはすべて利用してやる

の精神で生きています。

そしてリハビリがうまくいって、また手足が動いて自由にピアノが弾ける日を夢みています。

そんな夢をみながら、現実的に何か生み出せるものを遺すことに必死です。

迫る「人間としての終わり」を、できればもう少しだけ、生み出した後にしたいのです。

もしかしたら満足いかないかもしれないけれど、

  • 書きかけの小説
  • 作りかけの曲
  • 描きかけの絵
  • 弾きかけの曲

いつ死んでもいいと思っていたのに、仕上げたいと思ってしまったから

だからわたしは行きます。

どこへって、わたしの未来へ。

願わくばこのページをご覧になられた方が、ご自身の「納得のいく生」を生きられますことを。

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