今回は脳卒中などの後遺症でよくある「Pusher現象」について、患者の立場として医療者のみなさまに知ってほしいことがあるので申し上げます。
Pusher現象
まずこのページをご覧になってくださっている医療従事者でない方向けに、簡単にですがPusher現象を説明させていただきます。
Pusher現象とは、脳出血や脳梗塞といった脳血管疾患で片麻痺になってしまった方によく起こる、麻痺した側と反対側(健康な側、健側)へ倒れ込むように体を寄せる現象です。
なぜ「脳機能障害でない」と言うのか
一般的にPusher現象の原因については、
- 脳機能が障害されたことによるもの
- 脳神経の回路の異常によるもの
などのたくさんの理論があります。
しかし患者として片麻痺を経験し、またPusher現象への神経系リハの先生の意見も聞いて、
「Pusher現象は脳機能が障害されたことによるものだ」というのは誤りだと強く感じました。
以下はぜひ患者の気持ちになってお読みください。
自己防衛本能によるPusher現象
わたしと先生の共通認識は、
です。
少し想像していただければすぐにわかるかと思うのですが、片麻痺はよく脳卒中で起こり、脳卒中はよく突然起こります。
感覚麻痺は突然に
わたしは脳卒中ではありませんが、運動麻痺はじわじわ来ても感覚麻痺はいつの間にか一瞬で起こっていました。
とはいえ、「何時何分に消えた」と言うことはできません。
「感覚がある」ことはとても当然で、それがなくなるとは考えもしないからです。
そんな「あって当然」の感覚が、触覚が、突然消えているとあるときふと気がつきます。
体が半分になった患者の大パニック
「突然」という単語を繰り返し使いましたが、それくらい片麻痺には突然なります。
脳出血、脳梗塞に気がつかなかったために診察が遅れ徐々に症状が出てくる場合もありますが、それでも感覚麻痺は「突然」です。
これは「いつ病気になるかなんて誰もわからないから」なんて悠長な話をしているのではありません。
感覚麻痺は突然やって来るし、突然の感覚麻痺に患者はパニックになります。
片麻痺患者はその名の通りどちらか半分の感覚がないわけです。
片麻痺患者というのは、体の感覚が半分で途切れているように感じます。
とても簡単に言うと、本当は左右全部あって体なのに突然健側だけが自分の体になって麻痺側は自分の体ではなくなったような感じ、健側である半分だけしか体と認識できなくなっているのです。
床とおしりが接しているか、つまり「自分がきちんと座れているか」もわからない状況で、体重をかけられるわけがありません。
以下は説明のためにわたしが作った模式図です。
保証がほしい
体を半分しか感じられない状態なので、「健康な方にかけても大丈夫バランスが取れる。けれど麻痺した方にかけると、どこまで体重をかけていいのかわからない」という状態になります。
坐骨、大腿骨の大転子が座位において体重を支えてくれているところですが

その坐骨、大腿骨の位置もわからない。
とてもふわふわしているような気がする。
だって感覚がないんだもん♪
自分でドン引きするほどの本能
立位で手洗いをするとき、鏡を見てPusher現象を知っている自分すら健側に寄っている事実に愕然とすることも多いです。
でも確かに、健側には体重をかけている自覚もあるし、どの程度なら体重をかけられるのかもわかるけれど、
麻痺側にはそれがない
だから怖くてかけられない
感覚がなくてなんかブヨブヨふわふわしたような、よくわからないところに体重なんてかけられない
これは、本能です。
自分の体かどうかよくわからないところに体重をかけようと思わない。
だから、残った健側のあいだで中心を取ろうとする。
そうすると本来の重心と健側で取ろうとした重心とのあいだで回転力が発生し、転びそうになります。
転倒を防ぐためには、麻痺側へとぐいぐい押すような行動をして力をかけるしかありません。
理解してほしい不安
残った半分の中心すらわからない麻痺の初期には、いろんなところへ力をかけて安定できる場所を探してみます。
麻痺側に体重をかけると即こけるのが本能的にわかっているからこそ、健側へと体重をかけて体のバランスをとろうとします。
それを理解してほしい
突然麻痺した患者の恐怖を理解してほしいのです。
患者の恐怖を理解した上で診察やリハビリ、介護などをしてほしいです。
患者からすれば、「Pusher現象がなぜ起こるのか」なんて理論にはまったく価値がありません。
患者はとりあえず、自分の抱えている恐怖を、そしてそれでも必死に頑張っている自分の努力を理解してほしいんです。
突然体が半分になって動揺する間もなく治療にリハビリにと動かされている中で、体重をかけられるところも半分になったと感じて慌てていることも理解してほしいんです。
患者のチャレンジ精神を理解してほしいんです。
こんな状態の片麻痺患者に対しては絶対に「わかります」とか安易なことは言えません。
けれど、誰でもいいから、「大変なんだよね」って認めてくれたら、多少は楽になるはずなんです。
「感覚がない」という気持ちは、同じく感覚がない人にしかわかりません。
Pusher現象の認識
Pusher現象を「体重をかけられるところの試行錯誤の結果」だと捉えると、リハビリ内容や介護の手段も変わってくるはずです。
変わらないとしても、「この先生めっちゃわかってくれる!」と、患者から医療者への信頼度が上がります。
信頼度が爆上がり+リハビリへの意欲を増進させる手段としても、ぜひ知っておいてほしいです。
感覚がない方に体重をかける恐怖、想像してみてくださると嬉しいです。