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「助けてくれないなら○してくれ!」泣き叫びながら得た寛解期で直面した現実

社会論

お久しぶりな気がします、はるかです。

しばらくパソコンを開けずにいました。

パソコン周辺だけは妙なプレッシャーがあって、気圧がすさまじいのだと勝手に思っています(笑)

今回(も?)タイトルがとても不穏ですが、それにも理由があります。

あまり詳しく病状を書かないTwitterで

「真冬の海に入らないといけないかも」

「サードオピニオンまでいった」

「結局海に飛び込むしかなかった」

などとツイートしており多数ご心配をおかけしておりました。

はるか
はるか

変なやつ…と思われる分には慣れているので良いのですが、断片的にしか話さないことで、かえってご心配をおかけしてしまったようで申し訳ないです。

 

ここらで一旦、寛解に至るまでから現状を書こうと思いますが、

寛解に近づけば近づくほど、つらいものが増えました。

 

寛解:病気の症状が、一時的あるいは継続的に軽減した状態。または見かけ上消滅した状態。

出典;コトバンク,デジタル大辞泉

 

難病患者、麻痺患者、障害者が直面するいち現実として知っていただければ嬉しいです。

「普通の社会人」ってこんなにハイレベルなこと要求されるの…?

これが在学中に難病に罹患したせいで、いわゆる「社会に出ていない」わたしが感じた現実です。

 

【難病の治療は打ち切り】他の病気はどうする?

多発性硬化症、抗神経抗体症候群については、もう為す術がないというか「わたしの人権のために」今後一切の治療を打ち切ることにしました(→わたしが治療打ち切りを選んだ理由

2022年2月現在はまだ断薬へ向けて病院通い中です。

ただその断薬にも、なくすと決めた薬と、なくして大丈夫なのか神経病以外の問題で気になる薬があり、とても迷っていました。

【決意していた】感染症では病院に行かない

わたしは風邪やインフルエンザでは病院に行かないと決めています。

そもそも発症の原因が過剰なワクチン接種にあるかもしれないと言われているので、インフルエンザの予防接種などにも今後行くつもりはありません。

というか、予防接種をしたらまた再発するかもしれないと思うと、怖くて行けません。

はるか
はるか

もちろん今騒ぎになっている新型コロナのワクチン接種も、持病があっても行けません。

むしろ持病を悪化させる可能性があるからこそ行けません。

はるか
はるか

「持病があるからワクチンが必要な人」

「ワクチンを打ちたいのにまだ打てていない人」

「自分の意思でワクチンを打たない人」

の3つは考えてくれますが、

「持病があるからこそワクチンを打てない人」

「(子宮頸がんワクチンみたいに)以前ワクチンで怖い思いをしたから打ちたくても打てずにいる人」

などの第4、第5の可能性を考えてくれずにワクチンパスポートとか騒ぐ世の中は非常に生きづらいなと感じています。

ワクチンの話はさておき、治療についても病院へは行かずに寝て過ごして治そうと思っています。

大体の病気は寝れば治りますし、治らなくても多少はマシになります。

はるか
はるか

「一生治らない」と宣告されたときから、わたしは病気を「治す」ことではなく「体感でなんとなくマシになる」ことを目標にしています。

症状がマシになったのなら、わたしにとっては「治った」のとほぼ同じです。

【迷い】先天性の病気では通院すべき?

しかしわたしは先天的な心臓病ももっています。

やめていいのか気になっている薬が、脳神経内科で使っている薬けれど心臓にも作用してくれる薬です。

担当医
循環器内科での主治医

今はまだ手術するほどでもないかな~

と、現在は「一旦服薬しながら様子見」と言われたので循環器内科への通院はやめています。

ただわたしは病院が嫌になったので、できればすべての薬をやめたいです。

心臓発作が起こると、これまで結構フラッと倒れてきました。

「続けるべきか、やめても良いか…」

悩んでいるところに、今回の「皮膚病騒動」が起こりました。

皮膚症状の悪化と痙攣との闘い

わたしの経過」に簡略化して書いているのですが、額のプレドニン座瘡(長期のステロイド剤内服による副作用でできるにきび)の治療で去年の末に皮膚科へかかりました。

最初の先生は良かったのですが、その先生は転勤になり新しい先生はろくに問診もせずに薬を変え……炎症が全身へと広がり、その先生にはお手上げ状態になりました。

しかも最初に症状が飛び、最悪の状態まで進行したのはなんと陰部です。

はるか
はるか

誰にとってもつらい部分でしょうが、一応結婚前の20代女子としてはもう…耐え難いです

  • びらんにまで進行するし
  • めちゃくちゃにかゆいし
  • 四六時中変な液体が出てきてはかゆいのを我慢しても気持ち悪くなっていくし
  • 服が触れているところすべてがかゆくてまともに座っていられないし
  • もちろん寝転がってなんていられないし
  • 立っているのは脚の不自由なわたしにとって難しすぎるし
  • 我慢できずに掻くと、掻き傷ではなくて内出血になるし

びらん:皮膚の表層(表皮)の一部または全体が失われ、その下の組織が露出した状態

引用元;MSDマニュアル家庭版「皮膚に生じる異常、増殖病変、色の変化の記述」,最終改定2017年2月,参照2022年2月10日

 

未だたまにスプーンも持てなくなる右手も動員してやることが、薬を塗れるように毛を剃ること……

やっぱ脱毛は必要だと思います(真剣に)

めちゃくちゃ切なかったし、かゆいのと痛いのとでつら過ぎました。

2番めの皮膚科医に愛想を尽かして別の病院にかかったのですが(セカンドオピニオン)

そこでは

担当医
新しい皮膚科医

血管が弱いんだろうね~

だから掻いたら外傷じゃなくて内出血になるんだよ

と言われました。

 

昔から「1年に最低1回は海へ入らないと湿疹がひどくなる」体質だったので、全身を掻きむしること自体は珍しくありませんでした。

掻き傷がひどくて「とびひ」になり、学校を休んだこともあります。

「とびひ」までいくと感染症の一種なので、強制的に休校させられます

 

ただ掻き傷ではなく内出血になるのは初めてでした。

血管がもろくなったとしたら、確実に薬の影響だと思います。

これまで、どれだけ掻いても内出血になることはありませんでしたし。

自分の肌の汚さにドン引きしました。

はるか
はるか

写真も撮りましたが確実にモザイクレベルなので載せないでおきます

「1年に最低1回は海へ入らないと湿疹がひどくなる」は民間療法の類のようです。わたしは昔から湿疹がひどくなる度に病院ではなく、海水に浸けられていたので一般的な治療法なのだと勘違いしていました。
バスソルトや入浴剤は成分が違うせいか、残念ながらわたしには効果がありませんでした。

 

かゆみと心臓発作には耐えられない

「心臓病の薬はどうしようかな~」と悩んでいたところに今回の皮膚騒動があって気づきました。

わたしは痛みには極端に強いけど、かゆみには相当弱い。

かゆくてかゆくてもう空気すら憎くて布という布が全部敵で、その後頼ったサードオピニオンで少し治療の糸口が見えたかと思えばやっぱりかゆさが勝ち、

ここで「夜になると右半身を中心とする手足が勝手に発熱して痙攣する」という以前からの症状が災いして、

夜中になるほど手足だけ体温が上がって異常にかゆい!

という状況になり、出された薬もすべて効かず、結局真冬の海に飛び込む以外に賭けられる選択肢がなくなり、

曇天の下、海へダイブしてきました。

はるか
はるか

というか水際でぴちゃぴちゃしようとしたら波の勢いに負けてド派手に転倒して全身水浸しになりました

でも海に飛び込んで即効性があれば苦労しません。

そのあともひたすら、起きているのに悪夢にうなされる日々が続き……

元の病気の痙攣や易疲労性と闘いつつ

かゆい無理耐えられない…

誰か助けて…

助けてくれないなら、もういっそ殺して…

夜中にひとりで泣き続ける日々が続きました。

かゆみに耐えるためにリストカットというか全身切り刻もうかと思ったほどです。

はるか
はるか

わたしにとって痛みはもう慣れっこなので耐えられるのですが、かゆみはどうにも耐えられませんでした

無事というか、なんとか「この家の刃物をわたしの血で汚すわけにはいかない…」という謎の忍耐力でリストカットもせずに耐えきりました。

 

かゆみで痙攣が誘発されてしまうので、「あ、かゆいっ」と思ったときには痙攣が起こっているのもつらかったです。

掻くのとは別に、痙攣が起こると筋線維がブチ切れるのでまた内出血が増えて醜い肌になっていきます…

ここまで皮膚症状が出る原因はやっぱり不明でした。

塩分、糖分、ビタミン…など思い当たる栄養改善は試してみましたが、まったくマシにはなりませんでした。

ただ検査の結果ダニとハウスダストのアレルギーをもっていることだけは確かなので、一応アレルギーの薬を飲み続けています。

 

今のところわたしが耐えられなかったのは、心臓発作とかゆみなどの皮膚症状です。

なので今後は、心臓病の薬の服薬は続け、かゆみもここまでのレベルになるようなら病院に行こうかなと思いました。

はるか
はるか

文字でかゆみは伝わらないので「かゆいだけかよ!」と思われそうですが、まじで毎日毎秒発狂して何も手につかないレベルのかゆさです。

少しマシになったので、こうして書けるようになりました。

 

寛解期だからこその悩みと現実問題

こうして発狂して毎日のように(たまに毎日)病院へ通いながらようやく「寛解かな」と自分で思える日々がやってきました。

寛解できるストレスの低い環境をつくれました。

  • 寝ていても誰にも責められない環境
  • 何もしなくても誰にも責められない環境

そして、

  • 「自分の仕事は回復することだ」と思える心

今までは「仕事しなくちゃ」と焦って何かと忙しかったですが、今は「あれしないと!」と思う度に「それよりも優先するべきなのは自分の体調だ」と言い聞かせています。

この「言い聞かせ」に自分自身が耳を傾けられるようになるまで、約3年半かかりました。

発症してからずっと、ということですね。

はるか
はるか

まだまだ追われている感は抜けなくて、よく「あれやらなきゃ…」となっていますが、それでも働いている同級生と自分とを比較するのは無意味だと思いました。

まだまだ気を抜けば比較してしまいますが。

歩けなくなって右手が動かなくなって入院していても秘書検定や漢検を受けられると信じていた能天気さなので、自分には他人よりも長い休憩が必要なことを理解するまでにとても時間がかかりました。

ただ自分すらそうして何年もかかった理解を、そうそう他人がしてくれるわけがありません。

傘(杖)や介助者の支えがあれば、そして休み休みで翌日寝たきりになっても良いなら50mほど歩けるようになったわたし。

見た目には健常者なわたしに求められることは、中身(なかみ)障害者としてはけっこう過酷です。

車椅子見学や病院、うつのピアサポート的な場所にも通い始めたわたしには、心的負担の連続が待っていました。

身体障害者を支援している人から受けた障害への理解のなさへの苦しみの話は後日書こうと思います。
傘を杖代わりにするのは大変危険です。わたしも転倒してケガしたところなので、絶対にやめてください。

 

【歩けると思わないで】外界は常に障害物競走

歩いているとよく自転車のベルを鳴らされます。

車のクラクションも、横断歩道を歩いていれば鳴らされます。

信号は青ですが、せっかちな人は鳴らしてきます。

でもわたしは避けられません。急げません。

傘を杖代わりに歩いていて、急ごうとして先日こけたばかりです。

膝の皮膚が全部めくれて、まだふさがりません。

さすがに杖を買ってもらいました。

でもそういう問題ではありません。

ベルを鳴らされれば、迂回はできないので一生懸命小さくなって隅へ寄ります。

幸いにしてまだ轢かれたことはありません。

でもそういう問題ではありません。

わたしが歩いているのは歩道です。

自転車の走行は法律違反です。

ベルは「どけよどけよ!」と鳴らすものではありません。

自転車に乗れるくらいの身体能力があるのなら、そっちが避けてください。

いつもそう思います。

 

歩きスマホも危ないです。

歩きスマホは視線が下へいきがちなので、スマホに影を落とすか靴先が見えるくらい接近しないと気づいてもらえません。

それで何度もぶつかりかけましたし、自転車に乗りながらスマホを見ている人には相当轢かれかけています。

いつも介助者の手引きとわたしが大声を出すのとで回避していますが、そういう問題ではありません。

誰もが健康だと思うなよ。

そういう問題です。

 

「誰が病気になってもおかしくない」

そう言われるように

「誰が病気でもおかしくない」んです。

若いから避けられる?

違います。

いろんな人が、いろんな病気を、障害を抱えているかもしれないんです。

見た目にはわからない何かを。

前日練習で転倒する様子が撮影されていた羽生結弦選手すら、本人が「痛み止めを使っているので歩けているが、捻挫していてMRIを撮らないと状態がわからない」と言っています。

ましてやただすれ違うだけで前日の様子なんて知るはずもない一般人のケガなんて他人がわかるはずありません。

  • 包帯を巻かないと
  • ギプスをしていないと
  • 車椅子に乗っていないと

道行く誰がどんな状態にあるかなんてわからないんです。

 

羽生選手に「お大事に」と言えるのなら、「誰がケガしていてもおかしくない」認識でいてくれても良いと思います。

誰が障害をもっていてもおかしくなくて、誰が病気でもおかしくないです。

「~だから大丈夫」はありません。

「若いから大丈夫」も「自分だけは大丈夫」もありません。

そう思って動いたとき、ベルやクラクションはそう簡単に鳴らせないはずです。

危険を知らせるために、などの目的ではどうぞ鳴らしてください。

 

歩行者も自転車も車も全部こっちが避けないといけない。

避けないとぶつかってくる。

外の世界は障害物競走だと、常々感じています。

 

【余談】ながらスマホの危険性について思うこと

「道に迷ったからマップを…」と言うなら、ながらスマホではなく立ち止まってスマホをしてください。

子どもを乗せながら自転車でスマホ見るのはやめてください。

子どもさんが危険です。

子どもを危険にさらしてまで、1分1秒を争うように何を見ているんですか。

それは子どもの命より大切なものなんですか。

自分の命より大切なものなんですか。

わたしはわたし自身の身の危険を感じるとともに、いつも疑問に思います。

 

【マナー違反だと思われる】片麻痺での食事は健常者の形式に沿えない

マスク会食がどうのこうのな時代。

マスク会食も黙食もできますが、わたしができないのは世間一般の人が守れるテーブルマナーを守ることです。

  • 和食や麺類では箸
  • 洋食ではスプーンやフォークとナイフ

わたしはそんな使い分けを、ここ数年していません。

躾の厳しい家だったので手が動くのならそれなりにマナー良く食べられた自信があるのですが、今は無理です。

今のわたしは、そのとき使えるカトラリーを使います。

  • 箸はよほど調子の良いときの右手か、頑張れるときの左手で。
  • スプーンは使えないときがある。
  • 両手の要求されるナイフは基本使えない。

コロナ以前、シェアが気軽にできた時代にも片麻痺に慣れてからは

はるか
はるか

マナー悪くて失礼します

とひと言断ってから食事の動作を行っていました。

 

ただ食事に片手しか使えないとなると見た目がどうしても不格好になるので、わたしの事情を知っている人からもよく指摘されていました。

でも指摘されて直せないんですよ、神経の問題なので。

「直せたら治ってる」

言葉遊びのようですが、マナーの悪さを直せるのならそれはもう麻痺が治っているのだと思います。

片麻痺である限り拭い切れないぎこちなさよりも大問題な「本人の感じている不便さ」を理解しないで「健常者としてのマナーを守れ」というのは拷問でしかありません。

それでも世間の目はある程度の上品さを要求してきます。

自意識過剰と言われるかもしれません。

でも実際わたしが片麻痺として暮らしてきて向けられてきた奇異の視線は、今は慣れたとはいえ相当キツいです。

病気です。障害です。

あなたもなるかもしれない状態です。

変なもの見る目でこっち見るな。

それなりに気にしていた頃はそう思っていました。

 

障害に慣れて視線に慣れて、気にしなくなっていたのに。

微妙に健常者に見えるようになるまで回復した今は、また別の視線が注がれる。

「(健常者なのに)マナーがなってない」

明らかな片麻痺時代では向けられなかった「健常者なのに」という視線。

見た目ではわからない障害もあるのにと、いつも思います。

車椅子の人が全員骨折ではないように

病気の人が全員入院しているわけではないように

世の中にはたくさんの人がいます。

はるか
はるか

こう何度訴えても届かない人もいます。それもわかっています。

でもはじめから諦めて訴えないのと訴えても届かないのとは違うと思うから、わたしはこうして訴え続けます。

好きでマナーが悪いわけではありません。

 

食事ができるだけで褒められた時代が終わってみれば、次に求められたのは行儀よく食べることでした。

この意味がわたしにはあまりわからないです。

指が動くだけで褒められた時代が終わってみれば、次に求められたのは文字を書くことやパソコン・スマホを操作できることでした。

食事ができること、文字が書けること、パソコンやスマホを操作できることなどは、行政処理も含めて生きるために必要だからわかります。

でも行儀よく食べることは見栄えの話であって、生きるために必要なものではありません。

「社会的に生きる」ためには必要かもしれませんが、社会的に疎外されがちな障害者に社会的に生きるためのルールを押し付けられても…と思います。

はるか
はるか

「障害があっても普通に生きていけるよ!」という人とも出会うのですが、それは「その障害」は「その人にとって」生きるための「障害になっていない」のだと考えています。

障害は「生きるのに差し障る害」になっていなければ障害ではないと思います。

結構下調べして描かれているこの「Shrink〜精神科医ヨワイ〜」でも「障害」の扱いは同じだったので、わたしの意見はそこまで変なものでもないのかなと感じています。

マズローの5段階欲求説」的にいえば、生きるために必要なラインをやっと超えて満足している人間が次に求めるのは社会的なものだとして、

それを他人に要求されるのはまた別問題ではないか?と思っています。

今の自分が求めていないスキルを周りに要求される苦痛…

ようやく寛解期に入ったと思った途端に味わったものが、これでした。

 

【サボりとしか思われない】身だしなみは最大限整えてるのに

チャックのある服を着られますか?

着られるのは両手が動くからです。

ボタンのある服を着られますか?

着られるのは両手が動くか、片手がよほど器用に動くからです。

不器用な片手では、だぼっとした服をかぶるので精一杯です。

ゴムのズボンやスカートで精一杯です。

デニムなんて履けません。

 

ただ服装はだぼっとしていてもそれなりにオシャレに見えるものがあります。

そのうえ昔は自分1人で着替えられませんでした。

だから着替えられるだけで褒められました。

でも着替えられるだけで褒められた時代が終わって突きつけられたのは、「社会人としての身だしなみ」でした。

はるか
はるか

うつで着替えるのに相当労力がかかる問題もありますが、一旦さておきます

メイクせずに生まれたときの顔で人前に出るのは社会人としてマナー違反

だいぶ失礼なことを言われている気がするのですが、今の社会的にはとにかくマナー違反だそうです。

病院では顔色からも診察するので、メイクして病院へ行くのは逆にマナー違反です。

ですが公共の場でメイクしていないのは残念ながらマナー違反だと…

 

座っている姿勢すら保てなかった頃には車椅子で外へ出られるだけですごいことだったのに、今では寝癖を直してメイクしないとダメらしいです。

さすがに寝癖のままだとまずいのはわかりますが、ここで少し考えてみてほしいのです。

寝癖って、水で濡らしてドライヤーで乾かして、コンディショナーやらワックスやらを塗って直します。

全部片手で、できますか?

 

わたしはできます。

でも外出するための体力を使い果たしてしまいます。

なので極力やりたくないです。

元気に外出して帰ってくるためには寝癖を直すわけにいかない。

そういうことだってあると思うんです。

 

ついでにわたしは今まで1年の半分以上入院して過ごしてきました。

常に病院着で、体調を診るためにメイクはNG。

首から血漿交換療法用のチューブも出ていたので、派手には動けません。

そんな暮らしのなかで、寝癖を気にする余裕はないんです。

チューブが出てきすぎたり、逆に引っ込みすぎたりするのは問題なので朝晩に計測しますが、寝癖を直しても所詮病院着ですし、医師と看護師にしか会わないですし…

そこで片手が不自由なら、もう寝癖なんてどうでもいいかなって思うんですよ。

治療に命かけてる毎日に寝癖とかどうでもいいんです。

 

ただその理論が通じるのは入院しているときだけの話です、わかってます。

体調が良いときにアイシャドウを塗ってはみましたが、健常者レベルのメイクはそうそうできません。

綺麗にヘアセットして眉も整えてアイライン引いてマスカラして…

健康だった頃にはできた当たり前のことすらできない今の自分を突きつけられて、

寛解していれば良いわけじゃないんだよ

って社会の現実を突きつけられて。

「そんなこと気にするなよ」と言われたとしても、社会的・ビジネス的な場に出入りすることが少なくない身としては気になるものです。

ただでさえ「女」というだけで相手にされないことも多いのに、スーツも着れずメイクもできずに相手にされないのは困ります。

「ニーズが少ないから」と却下されがちな障害者向け用品作りがさらに難航します。

自分ができる最上級の身だしなみをしているのに、社会的には全然足りない。

障害当事者として活動するなかで、元気そうに見えるからこそ突きつけられた難題がこれでした。

 

寛解してすぐに健常者レベルを要求しないで

わたしは右手が未だになめらかに動きません。

健康そうに見える「寛解」状態でも、麻痺が残存しているんです。

「完治」ではないんです。

ようやく「寛解」して本人は一段落です。一休みです。

でも周りは、少し良くなると「次は次は」と急かします。

そんなに急にたくさんのことはできません。

回復を望んでくれる気持ちはありがたくても、無理に頑張ればまた体を壊します。

ここまで長い時間と多大な労力と莫大な金銭を賭けて、ときに命すら賭けて、やっと今一瞬の休息を得られたんです。

「寛解」ってそういう意味なんです。

医学用語としての寛解はもちろん「一時的に良くなった状態」です。

ですが障害者・病人としての寛解は「やっと得られた一休み」で「気を抜くと転落する亜急性期」です。

これから回復すると決まっていて、その途中にいるわけではありません。

 

よく「withコロナ」とか言っていましたよね。

完治できる病気はごく少数です。

その他は完治できず、どれだけもがいても最後は「寛解の維持」つまり「共病」を目指すことになります。

不本意ながらそうなってしまいます。

「with病気」「with障害」です。

「緊急事態宣言が解けても気を抜くな」と一緒で、「寛解期だからといって気を抜くな」なんです。

でも「緊急事態宣言も解けたし、ちょっと息抜きしたいな」と一緒で、「急性期は抜けたし、ちょっと休みたいな」なんです。

そこで自然と、完治とは程遠い自分に気づかされます。

ここまで頑張ったのにまだ足りない悔しさだとか、もう戻れない悲しみだとか、いろんなつらさが襲ってきます。

はるか
はるか

ここ、泣きながら書いています。

ちょっと意味不明かもしれませんが、周りが何も言わなくても自分で勝手につらさを感じる、みたいなことです。

たとえるなら、みんなは「まん延防止対策」状態は嫌だなと思って、頑張ったら緊急事態宣言もまん延防止もなくせるのに、

自分だけは「まん延防止対策」状態は嫌だなと思って解こうとしているけど、一方で「まん延防止対策」状態が自分の最高レベルだと知っている…みたいな。

はるか
はるか

と言うと「諦めるな」みたいなことをよく言われるのですが、諦めていないからつらいんです。

みんなと同じ、それも最低限のレベルに達するまでの道のりが長すぎて、でも最低限のレベルには達していたいからつらいんです。

たぶんこれは病気や障害をもっていても、そこそこのことができて社会に出られて「障害なんて個性じゃん?」と言えるレベルの人にはわからないことです。

わたしは全身不随から右麻痺残存での寛解期にまで、4年間で10回?以上の入院や緊急搬送を繰り返して回復した身として話しています。

やっとたどり着いたんです。

他人から見ると行動時間の短いただのニートだろうが、やっとここまで来たんです。

そこで「一般レベル」に気づかされて…

急かさないでほしいし、1番はその「一般レベル」を求めないでほしいのです。

 

本当に望むのは障害者・健常者みんなに配慮のある社会

大多数が健常者なうえに「みんな一緒」の調和を重んじる日本社会において、障害者はとても生きづらいです。

しかし「障害者だから」守られている部分もあります。

はるか
はるか

「障害年金とか!」と言う人はいますが、その人が障害を抱えていなければ障害年金以上に稼いでいたかもしれないので、障害年金は障害者支援というより生存権に近いものだと思っています

わたしが今「障害者だから守られている」というのは、

障害者だと周囲にわかってもらえれば、できなくても許される部分がある

という点です。

そして今回わたしが感じているのは、まさにその逆。

障害者だと周囲にわかってもらえなければ、なんの配慮も得られない

きっついです。

一般的に「社会」と呼ばれるものは健常者がつくっています。

そんな「社会」でも、健常者ですら生きづらいことがあるのに、障害者だとわかってもらえない障害者は本気でなんの配慮もしてもらえない。

はるか
はるか

「自分は生きられてるよ!」という人もいます。

ただそれは単にあなたの出会いが良かっただけで、他の人もそうだとは限りません。

 

先日ヘルパーさんに「簡単に手話覚えられそう」と言われ、「いや無理ですね」と即答したのですが、

手話って耳の聞こえない人にとっての声じゃないですか。

手の形とその意味を覚えられたところで、それができなければ「手話」ではないんですよ。

ところでわたしの右手は、手話ができるほど回復していないんですよ。

車椅子を押してくれている最中のヘルパーさんにすら右手の麻痺をわかってもらえていないのに、他のパッと見の人がわかるわけないです。

 

だったら簡単な解決法があります。

障害者だとか関係なく、みんながみんなを気遣えばいい。

これなら「障害者だとわかってもらえないから配慮してもらえない」とか言わずに済むし、きっと病気や障害をもっていなくても配慮してほしい健常者はいる。

 一時期話題になった「繊細さん」も、生きづらくて配慮してほしいけどしてもらえない健常者がたくさんいたからあんなに話題になったのだと思っています。

 

最近ではドラマにもなった「ミステリと言う勿れ」で、海外ではいじめが起こったときに被害者ではなく加害者が精神ケアを受けるという話もされていました。

もう被害者側が泣きながら我慢する時代は終わったのだと思います。

被害者だって何がつらいのかを訴えても良いと思います。

でも1番は、誰も被害者や加害者にならないことだと思います。

だから、難しいけれど、他人に優しくして良いと思います。

他人に優しくするには自分にも優しくしておかないと、何が優しさかわからなくなるから、

まずはみんなが自分に優しくして、そのあと他人にも優しくできればいいなと思います。

そしたらきっとこんな寛解期の絶望感もなくなるし、きっと優しい世界になります。

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まぁるいせかい管理人
はるか

考察家。作家。開発者。多発性硬化症+希少難病+先天性心臓奇形などをもつ障害者。病歴や薬歴は多すぎるので管理者情報参照。今までにないものを創るお仕事。京大医学部を病気により中退。

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