広告
広告

フラッシュバック~わたしの夢はPTとPTSへ託します~

闘病記録(入院記録)
この記事は約4分で読めます。

診断時

わたしがMS(多発性硬化症)だと診断されたのは2018年5月29日、忘れもしない、試験であり血圧測定の実習であり、深夜には救急搬送ながらも近所の病院に追い返された5月29日です。

今日は2019年7月18日。時間は去年救急搬送されたのとほぼ同じ2時。

ライターの仕事で納期が迫りこっちを書いている場合ではないのですが、あんまりにも不安なので帰ってきてしまいました。

ここはみんなの場所であり、わたしの巣でもあるので…
去年診断されたときの様子はこちらに詳しく書いています→https://harukams-medicalbeauty.com/prems/
今見るとあまり詳しくなかったので補足していきますね(-_-;)
たぶん退院して記憶が混乱していたためかと…言い訳すみません。
目、疲労感、その次が
  1. スマホが触れなくなる
  2. パソコンが打てなくなる(思うように手が動かず、エンターバックスペースデリート辺りの判別がつかない)
  3. ピアノが弾けなくなる(キーの場所を間違える)

でした。

現在

  • スマホは音声入力か調子の良い時の左手
  • パソコンは打ち間違い多いけれど単語登録と予測変換で対応
  • ピアノは弾けない
このサイトのはじめの方に「ピアノが弾けた」とありますが、あれから再発を2度して、また弾けなくなりました。
ただこれすごく最近のことで、
  • スマホは前まで打てた
  • パソコンはうち間違えずブラインドタッチできた
  • ピアノは、昨日だけ弾けた
今日(昨日)、急激に悪化し、右脚が脱力したままただぶら下がっているだけの物体になり、トイレに行くだけなのに介助が必要になり、
そのくせ痙攣は激しく、薬を飲んでも左手以外治まらず、
ただ、怖いんです。
3月から月イチで再発してきたわたしは、
5月は入院していて再発も治まっていませんでしたが
6月はクリアして、7月もクリアする予定だから、なんとかこのままと思う。
けれど、わたしが変な動きで移動するのを見た母が
「あんたそれ今度の診察で入院するやつ?」
と尋ねてきて、
わたしだってわからない。
ただわかるのは、
入院したって何もできることはない
ただそれだけ。
入院して治るのなら入院したい。
でもどうせ治らない。
ぼくはこの痛みも苦しみも受け入れるしかなくて、
「諦めるな」
と言われる。それだけ。
今の薬は1日50錠くらい。
薬でお腹がいっぱいになる。
やっと1日1食食べられるようになった。
それがぼくの、今の状態です。

6月の授業参加

久しぶりに行った学校、参加した授業は、30分遅れの30分早退で30分しか参加していなかったけれど、任意の授業だったので、実は友人と会いに行きました。

そこで1つだけ、胸に引っかかったこと。

わたしがライターの仕事を主にしていることを話すと、

「PT(理学療法)科にいると、理学療法士以外の職業が見えないから、それも良いよね!」

確かに良いかもしれない。それでも、

わたしがしていることは、「副業 アプリ」で検索すれば出てくるようなレベルのもので、生計を立てられるものとはまだ程遠い。

そして衝撃を受けたのが、統計の課題。

被験者のどこの筋を測定してのデータかわからなかったし計算ソフトの入ったパソコンがその場になかったから計算はできなかったけれど、

意味はわかった。数値があれば考察も書ける。
クラスメイトには失礼だけど、簡単だった。
悔しかった。

意味もわかるのに、その段階に「出席」と「実習」という壁に阻まれて、同じレベルに立てないことが、悔しかった。

そうしてわたしは、

いかに自分が理学療法士になりたかったか

を知った。

MSでも作業療法士はいる。知り合いにいる。でもわたしのような症状ではなくて、理学療法士でもない。

多発性硬化症は異常に疲れやすい。

それに加え、わたしは先天性疾患を大量に持っている。

そして謎の痙攣もある。

患者さんと関わっているときに痙攣で倒れたら、患者さんに何かあったら、一大事。

 

諦めなければやれる、ではなくて、

わたしに診られる患者さんの安全を考えて断念した。

その道は、わたしにとってあまりに、希望の道だったから。

 

もしこのページを理学療法士さんや理学療法学生さんが見ていたら、そしたら勝手に、

わたしの希望を託します。

たくさんの患者さんに光を与えられるような、患者さんと真摯に向き合える理学療法士さんになってください。

タイトルとURLをコピーしました