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主婦業は生活を彩る仕事「無限や大量消費よりアレンジの幅が必要だ」

気ままライフ

ハンバーグに人参のグラッセがついていなかったら、ちょっとだけ残念だ。

人参自体は嫌いじゃないけれど人参のグラッセは苦手な私ですら、ちょっと「彩りに欠けるなあ」と思ってしまう。

和風ハンバーグに大根おろしが乗っていなかったらちょっと残念だし、

大根おろしは乗っていても大葉が乗っていなかったら、ちょっと残念に思う。

主婦業というのは、そんな「ちょっと残念なところ」を埋めるために存在している、イラストレーターとかカラーコーディネーターとかに近いものだと思う。

生活を形作って彩って、ちょっと残念なところが生まれないように先回りする職業だと思う。

いわば「生活コーディネーター」だ。

家事が生活を形作る

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モラ的な

誰のおかげで飯が食えてると思ってるんだ!

仕事はしても家事は一切しない人がやたらめったらよく言うセリフとして、とても人気が高い。

人気というか、まあ、よく耳にする。

私も実際に耳にしたことは、当然ある。

でも私は、「飯を食えてる」のは、その「飯」を作った人がいるからだと思う。

働かないと、お金がないと、ものは食べられない。

確かに、無から料理は出てこない。

でもやっぱり、そのお金を使って買い物に行って材料に工夫を加えて料理にする人がいないと、料理はできあがらない。

「飯」というからには「食材そのまま丸かじり」してるわけじゃないんだろうし。

無から料理は出てこない。

それと同じように、

食材は勝手に家に来て料理になって皿に盛り付いてはくれない。

稼ぐ人が得たのはお金までで、買い物に行くことと料理をすることはまた別問題だ。

  • 家に洗濯物がたまっていないこと
  • 家がホコリだらけじゃないこと
  • 家のお風呂がカビルンルンじゃないこと
  • 家のトイレが詰まっていないこと
  • 蛇口をひねれば水が出てくること

全部当たり前じゃない。

そこを手入れしてくれる人がいるから成り立っているんだ。

 

「お金さえ稼げば人を雇って何でもできる」と思うかもしれない。

でもやっぱりその雇われた人は「それが仕事だから」やるのであって、

そういう人を雇うタイミングを決めるのは家の汚れを知る人であって、

結局は、いつも誰かが家の中のすべてを管理していることには変わりない。

家事する人がいなくなれば、生活が出来なくなる。

家事こそが生活を形作っていて、家事をする人こそが生活を彩っている。

はるか
はるか

もう主婦・主夫を生活コーディネーターと呼んでいいと思う

家の中だけにとどまらない家事

ところで私は、どうあがいても私の足では絶対に片道ですら買い物へ行けないようなど田舎に来た。

住民の皆様ごめんなさい

ごめんなさいなのでちょっと言い替えると、

車がないとやっていけないようなところに来た。

当然私の体で車の運転などできるわけもなく、免許は持っていない。

というか、取ろうとして貯金していた矢先に倒れた。

だからやっぱり運転はできない。

私の家半径3km圏内には何もない。

なので私はひがな1日、相変わらず家の中で過ごしている。

久しぶりにアニメ「進撃の巨人」をかけてみたけれど、部屋の中に閉じ込められた人類が外の世界を渇望する話は、今の私の状況にとても似ていた。

 

私は、買い物に行きたい。

行って、外の世界(商品)を見たい。

 

自由があるとか海を見に行くだとかそんな大層な理由のためではなくて、ただ食料品を買いに行きたい。

3週間に1度連れて行ってもらっているけれどさ……

普通に冷蔵庫に入れた食材が3週間ももつはずないじゃん?

1週間半以内にすべての食材を調理し終えて冷蔵庫と冷凍庫へ振り分ける作業を、ひたすらずっと行なっている。

買い物に連れて行ってとお願いするのもちょっと疲れてきた。

おつかいはしてくれない。

何をどこでどのくらい買えばいいかわからないから。

じゃあ一緒に……というか、私の足を考えると車で連れて行ってもらうしかないけれど、運転もめっちゃ嫌がる。

お前の食べてるものは、買い物で買ってきたものだぞ。

いちいち言わなければわからないようなことだろうか?

家事の中には「外出」である買い物も含まれているのだなあと、今改めて痛切に感じている、なう。

「無限」や「そうめんアレンジ」レシピが役に立たない

この時期になると決まって「無限〇〇」だとか「大量消費レシピ」だとか「そうめんアレンジ」が流行する。

でもさー。

そんなにそうめんとかナスばっかり余る?

無限レシピとかアレンジレシピって、星の数ほどはいらないんだよ。

「無限」とか「アレンジ」って、

  1. にんにく醤油味
  2. ペペロンチーノ風味
  3. めんつゆ味

のどれかなんだよ。

アレンジの幅って、とても少ない。

「同じ味付けばっかりだと飽きるから…」ってローテーションするつもりでも、実際食卓に並ぶのって1品だけじゃない。

3品4品並べないとだったりする。

(食べ盛りがいると推定、メインをそうめんにしたらおかずって絶対必要)

そのときに「無限〇〇」とか出されても、絶対に上の3つのどれかだから、

味付けがかぶる。

結局は飽きられる。

大量消費レシピで作っても、おいしければ延々と食べられるわけじゃない。

毎日出せば飽きられる。

おいしいものを作ることはもちろん考えるけれど、毎日どう味付けを変えるかのほうを考える。

だから、味変がこの3種類じゃ困る。

3日間ローテになるから。

だから真夏だろうがハンバーグもコロッケもカレーも筑前煮も作ることになるんだ。

「無限に食べられるほどおいしい」と「実際に毎日無限に出されても食べられる」はまったく別物だ。

この時期特集の増える「無限」「大量消費」「そうめんアレンジ」とかはそういう主婦・主夫事情をわかってくれていなくて、とても悲しい。

結局は主婦・主夫の頭のほうが、アレンジの幅で勝つ。

こういうレシピが嬉しい人も、もちろんいるのだろうけれど。

でも最終作るのはあなただから、どのアレンジでどれだけ飽きずに食べてもらえるかは、あなたの腕にかかっている。

毎日の「当たり前」と毎日の「変化」が彩りをつくる

部屋は片付いているのが、毎日の当たり前だ。(希望)

清潔な服を着られること、お風呂に入れること、ご飯を食べられること、布団で寝られること。

それを当たり前にするのが、主婦・主夫の仕事だ。

 

でも変化だって必要だ。

毎日のご飯がちがうこと。

お花を飾ってみたり、模様替えしてみたり、そういう変化があると、淡々とした日常生活がちょっと華やぐ。

それが心のゆとりにつながって、みんなハッピーな気分で過ごせる。

 

最近「専業主婦」を「仕事として認めない」人たちによく出会う。

お年寄りにしか会わないせいかもしれないけれど。

でもこれだけのことをしている「主婦・主夫」は、生活を彩る仕事をしていると認めてもいいはずだ。

私は「主婦・主夫」を「生活コーディネーター」と呼びたい。

さすがに行き過ぎだとしても、一人前に労働者としては認めてもいいんじゃないかな。

 

私みたいな、誰かの助けがないと買い物に行けないような半端者は別にしてもさ。

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まぁるいせかい管理人
はるか

考察家。作家。開発者。多発性硬化症+希少難病+先天性心臓奇形などをもつ障害者。病歴や薬歴は多すぎるので管理者情報参照。今までにないものを創るお仕事。京大医学部を病気により中退。

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