どんな言葉が心に響くのか、それは自分の状態によって変わると思います。
わたしはろくな言葉をかけてくれる人がいなかったから、つらさを共有できる人もいなかったから、大好きな音楽に頼りました。
歌声に、歌詞に涙する日があってもいいと思うから。
はじめに
このページでは、わたしが入院時に聴いていた曲を、わたしの思いと、体調とともに振り返ります。
闘病している方が共感できるような何かがあるかもしれない、そう思って綴ります。
入院中に聴いていた曲
急性期―全身不随~半身不随時代
この時期に聴いていたのは、米津玄師のLemonです。
以下に涙した部分の歌詞とその思いを綴ります。
夢ならばどれほどよかったでしょう
病気になったことが夢ならば、どれほど良かっただろう。
忘れた物を取りに帰るように
古びた思い出の埃を払う
病気にかかる前の自分の生活。当たり前だと思っていたけれど、違ったなあ。
戻らない幸せがあることを
今までの何気ないことすべてが幸せだったんだなあ。もう、戻れないんだなあ。
きっともうこれ以上 傷つくことなど
ありはしないとわかっている
もう、これ以上苦しむことなんてきっとない。つらくて仕方がない。
(実際には、ありました。死に逃げようとした日について→https://harukams-medicalbeauty.com/ikirukati/)
あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ
病気にかかったあの日の悲しみも、闘っている今までの苦しみも、
そのすべてを愛してた
愛せるわけがないでしょ。
胸に残り離れない
離れないのは、友人たちと一緒に過ごした「普通」の生活への未練だよ。
雨が降り止むまでは帰れない
帰りたい。
家に、学校に、
病気になる前の自分に、帰りたい。
受け止めきれないものと出会うたび
溢れてやまないのは涙だけ
わたしが抱えるには、この病気は重すぎて、つらすぎて、どうしようもなくつらくて、でもつらいとすら言えなかったから、ただひたすら、泣くしかなかった。
どこかであなたが今 わたしと同じ様な
涙にくれ 淋しさの中にいるなら
わたしのことなどどうか 忘れてください
そんなことを心から願うほどに
わたしの家族、友人、恋人。
迷惑かけてごめんなさい。
こんな体になってごめんなさい。
もういっそのこと、わたしのことなんて捨ててください。
忘れてください。
みんなは幸せになってください。
そう思う一方で、忘れないでって叫ぶわたしもいた。
あんなに側にいたのに
まるで嘘みたい
みんな、ずっと近くにいて、
好きなときに会えて、むしろ嫌でも一緒にいたのに、
なんでわたしは一人でこんなとこにいるんだろう。
急性期―半身不随時代
この時期は一番長かったので、たくさんの曲の影響を受けています。
夜に米津で涙を流しながら、周囲には笑っているために、わたしは大丈夫だから、って宣言するように、暗示にかけるように聴いていた曲。
それがHump Backの拝啓、少年よです。
明日が怖いのかい?
怖いよ。
今日動いた指が、明日は動かないかもしれない。
また全身不随に戻ってるかもしれない。
諦めはついたかい?
つくわけないだろ。
わたしは、前みたいに戻りたいんだ。
笑いあった日々を
馬鹿みたいに思い出している
本当に馬鹿みたいに、思い出して。
授業嫌だとか言いながらみんなで過ごしているの、楽しかったなって思うんだ。
あぁ もう泣かないで
周りの人が、わたしを「可哀想だ」と言って泣くから、
君が思う程に弱くはない
大丈夫だよって自分を慰める。自分に言い聞かせる。
そんなに弱くないから、大丈夫って笑ってみせる。
負けっぱなしくらいじゃ終われない
「大丈夫、わたしはこんなところで終わらないから」
そう何度も言い聞かせて。
遠回りくらいが丁度いい
なんて強がってみる。
でもね、泣きたいのはわたしの方だったよ。
でも本当は、
大丈夫だからって笑いながら、ずっと泣いていたんだよ。
急性期―全身痙攣時代
この時期に聴いていたのは、あいみょんの生きていたんだよなです。
これについては、別のページにまとめてあるので、そちらでお願い致します。
→https://harukams-medicalbeauty.com/ikiteitandayona/
亜急性期―日により歩け、日により寝たきり、全身痙攣有り
この時期に聴いていたのは、あいみょんの19歳になりたくないです。
わたしが退院を決意した曲。
これも別ページにてお願い致します。
→https://harukams-medicalbeauty.com/19ms/
最後に
わたしは、音楽が生きがいです。
だから、ずっと曲を聴いていました。どんな言葉よりも、歌詞が刺さりました。
もしあなたに理解者がいるなら、それは素晴らしいことだと思います。
もしそうでないのなら、
その一心で綴りました。
闘病中には、ときに絶望の方が励みになることがあると思うから。
もしこのページで少しでもお気持ちが軽くなったのであれば、それはわたしにとってすごく嬉しいことです。
そう、切に願います。