はじめに
伊坂幸太郎さん作、「フーガはユーガ」を読了したので、その感想を綴らせていただきます。
感想
わたし自身は伊坂幸太郎さんのかなりのファンで、読んだ作品は数えられないほどなのですが、今回拝読した「フーガはユーガ」は偶然にもわたしが先日書いたような「虐待」や「社会」の特に「犯罪」についてテーマにされており、また最後は一人の死で終わるというところも、(わたしごときがおこがましいですが)シンパシーを感じました。
全体
舞台は伊坂さんの作品に共通するように、いつも通り仙台。
設定はやはり彼らしく奇抜で、
というものです。
また会話やストーリー展開も、
- すべての会話が次の伏線になっている
- 一切の言葉に無駄がない
さすがはわたしの大好きで尊敬する作家さん
で、シリアスなのにどこか笑ってしまうんですよね。
ストーリー
はじめは主人公が虐待される、その光景から始まります。
虐待の描写は非常にリアルで、この人は虐待被害者なのかな?と思ってしまうくらいの筆力です。
- 虐待されて育った子供が、どう大人になっていくのか
- 虐待親への抜けない恐怖感
や
- 虐待親への深い怨み憎しみ
が見事に表されていて、読んでいて主人公と同じように親を怨み憎しんでしまいそうなくらいです。
全体の流れとしては、そういう世の中の理不尽なことだったりを、双子の入れ替わりを利用して、主人公たちが解決していくという話です。
閑話休題。
わたしが今回の「フーガはユーガ」について感想を綴るのは、やはり「先日わたしの書いた拙作」に似ている、というよりも
と感じたためです。
この世は、社会は、とても生きづらい。
- マスコミは被害者を晒し加害者を守る
- 周囲の人間はカメラを向ける、助けない、ただ興味本位の野次馬根性で
- 金持ちが優位な世の中
理不尽でやるせない、社会への対抗心を痛切に感じたからです。
それを、この方はより端的に痛烈にされたんだと感じました。
連続少年少女誘拐殺人事件。
その犯人は少年法と金の力で軽い刑の後社会復帰し、テレビ局の番組制作プロデューサーをしている。
そして現在もなお、バレないように殺害を続けている。
主人公の双子は幼い頃から理不尽な目に遭ってきた。
- 虐待してくる父親。
- 無視した挙げ句途中で失踪した母親。
だから、父親と同じように、圧倒的な力(権力、財力)でもってして他人を制圧する人物を許せなかった。
だから、犯人を、理不尽に力を振りかざす人物を、許せなかった。
そうしてもがいてあがいて苦しんだ結果が、
という結末になることはすごく悲しいですが、きっとこれも、彼の描きたかった理不尽のひとつなのだろうと勝手に解釈しています。
わたしの場合は、病気や障害で苦しんでいる人へのメッセージも込めたかったので余計な要素が散らばっていますが、
ただそれをするのに、これほど痛快かつ痛切な本はないと思います。
気になった方は読んでみてください。
わたしの場合は、以前から社会に対する不満やマスコミへの不信感はあれど、それで小説を書こうという気になったのは、難病者としての生活が始まってから、
を、体に不自由を抱える者として痛感してからなんですよね。
なので、社会に対してかなりの力をもつこの方が、こうして社会批判をしてくださると、わたしとしてはとても嬉しいですし、
最近読む価値のない薄っぺらい本が続々と出版されていく中で、その対抗心として書いた拙作でしたが、
「フーガはユーガ」のような作品も出版されていることに心から安堵と喜びを覚えます。
それだけ許せなかったんですよ。
伊坂幸太郎さんのファンって、本当にたくさんいると思うんです。彼の作品はどれもおもしろいですから。
ただこの「フーガはユーガ」という作品が、読み手にとってただの「一作品」「シリアスな話」で終わらないことを心から祈ります。
それでも、こんな解釈があることも知っていただけたらと思います。
理不尽って、世の中にあることだけじゃないんですよ。
理不尽な目に遭ってきた、遭っている人たちが、謝らなければならない風潮、責められる風潮、それを当然とし更に助長するこの世の中自体が
大きな理不尽
なんですよ。
わたしは、「フーガはユーガ」はおかしな現代社会を痛烈に批判した作品だと感じました。
kindle版も出ています↓