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トイレ全介助の日「人間としての尊厳が全て奪われた気がした」|体験談

これは前回に引き続き、全身不随だった日のこと。

全身不随で初トイレ

全身不随のある日、わたしは夜中に「トイレに行きたい」と例の微振動で鳴らせるビッグナースコールを鳴らしたことがあります。

結果、男性看護師と女性看護師がそれぞれ1名ずつ来てくれました。

力のある男性看護師にベッドを起こされ車椅子に移乗させられ、すぐそばにあるトイレまで運んでもらいました。

そこから女性看護師とともに車椅子から便座へ、ズボンをはいたまま移乗させてもらいました。

そして男性看護師が出ていって扉が閉まった…

かと思うと、一瞬でズボンと下着を脱がされていました

感じていたこと

これは看護としてとても適切なことです。

それはわかっています。

誰もがそうするでしょう。

ただわたしは学校で、「バーセルインデックス:BI」という指標を習っていました。

※バーゼルインデックス

これをざっくりと「移動、食事、排泄、整容、入浴」に分けたとき、「失ったら一番つらいものは何か」という授業中の先生の問いに、わたしは迷わず排泄をあげていました

それくらい、

排泄に関わることが自分でできなくなる

ということは、わたしにとって

人間としての尊厳に関わること

だと感じていたのです。

それが

いきなり全身不随になり

いきなりトイレにすら1人で行けなくなり

まともにショックを受ける間もなく

下着を脱がされている現実

この衝撃が、わかりますか?
想像できますか?

 

予想していた未来とのギャップ

診断されたその日から2週間は、ちょうどテスト週間でした。

だからわたしは、「テスト期間が明けたらちょっと高級なスイーツの食べ放題に行こう」と友人たちと約束していたんです。

なんでもない日常が続くと疑っていなかったんです。

それが、

スイーツの食べ放題どころか

トイレに1人で行くことすらできなくなっている
自分で下着を脱ぐことすらできなくなっている

そんな予想すらしていなかった未来打ちのめされました

 

「約束を、予定を楽しみにして今の試練を乗り越える」

 

そんなペースで、気持ちで生きていました。

それが一瞬で崩れ去りました。

未来は不確定だと、この身で知りました。

診断されたときも、難病指定はされているけど自分の人生に大きな影響を及ぼすほどの病とは考えておらず、左手が動いていたときには、試験勉強も続けていたし、1か月後に迫っていた秘書検定の勉強も続けていました。

周りのみんながどうしてそれほど大変そうな反応するのか、理解ができていませんでした。

ただ下着を脱がされたその瞬間に、事の重大さがわかったのです。

それはまさに、読んで字のごとく。

頭を殴られるように。

自分の身に起きていることは「普通」ではないと。
そしてテストどころではなく、回復次第では尋常ではない後遺症が残ると。

 

炎症部位と重大さ

過去にも書いたことがありますが、特に炎症部位が悪かったんです。

間脳、中脳、橋、延髄

人間にとって大切だとされる脳領域の、中脳運動神経と感覚神経両方が通るところに炎症が起きていて、体を動かすこともできなければ何かを感じることもできない、そんな場所に炎症が起きていました。

体が動かせないから、感じない、感覚がないということに気がつかなかったんです。

感覚がないとひと口に言っても深部感覚はあったので、要するに関節が曲がっている伸びているを感じたり痛覚はあったので、移乗の時にどこかぶつけると痛いと思って気づくので、触覚がなくなっているということに気づいたのはこのときが初めてでした。

 

トイレに流れた涙

全身不随とはいえさすがに年頃の女の子だという点を考慮して、排泄時には看護師さんは外に出てくれました。

しかし、全身不随

腹筋にすら力が入らない身には、座ることはあまりに難しく…そばにあった手すりとトイレットペーパーに頭や肩を預け、なんとか姿勢を保つ始末。

そしてつらかったのは、自分でお尻を拭けないということ。

看護師さんが「終わった?」と確認して拭いてくれました。

看護師というのはとてもすごい仕事、素晴らしい仕事だと思います。

ただ当時のわたしにはそんな尊敬の念を抱く余裕はありませんでした。

なぜ自分で拭けないのか
なぜ拭いてもらわなければならないのか

自問自答してもわからない。

ただ自責の念だけがこみ上げる。

思わず流れた涙は、手を動かして拭うことすらできなかった涙は、きっとトイレに流れていったことでしょう。

 

「全介助」への認識

トイレを全介助してもらうというのは、人様に迷惑をかけるだけの行為ではありません。

人様に迷惑をかけなければならない自分を、そして排泄という汚い(と自分は思う)部分を 人様に頼らなければならない、自分をただひたすらに責める行為でもあります。

もし 全介助の方を見かけたら「人に迷惑かけながらでも生きていける神経の図太いやつ」と思うのではなく
申し訳なさで潰れそうになりながらも、生きていくためにいろんなことを捨てざるを得なかった人」として

真心をもって接していただけると、わたしもわざわざこうしてつらかった出来事を思い出してこの記事を書いた甲斐があるというものです。

もちろん神経の図太い方もいらっしゃるでしょう。

でもやっぱり、人により違うから。

全員が全員、図太くもか細くもないこと。

身体障害者も健常者と同じで色々と考えていることをわかってくださると、とても嬉しいです。

そして、予定を立てることの無意味さ人生先行き不透明さをわかって

そのときやりたいことはそのときやる

そんな生き方をしてくださると嬉しいです。

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